後漢書卷六十三 朱馮虞鄭周列傳第二十三 虞延

清廉な太尉

  • 虞延、字は子大。陳留東昏の人。誕生時に瑞祥があったと伝わる長身の人物。户牖亭長として王莽の貴人・魏氏の賓客の不正を摘発し恨みを買った。姪の遺棄された赤子を養育した逸話も伝わる。
  • 細陽令として、歳時に囚人を一時帰宅させ信を得た逸話、功曹として太守富宗の奢侈を晏嬰・季文子の故事を引いて諫めた逸話(宗は後に驕奢で誅殺され、諫言を聞かなかったことを悔いた)が伝わる。
  • 光武帝の東巡狩で小黄の高祖母・昭霊后の園陵の祭祀に精通していることを示し評価され、封丘での不敬事件でも自ら罪を引き受け帝の怒りを鎮めた。司徒玊況の招聘を経て洛陽令として陰氏一族の不正を厳しく摘発、信陽侯陰就の讒言にも屈せず、帝が自ら囚徒を録した際も理を貫き「社鼠(君側の悪)」の比喩で成(陰氏の客)を糾弾、誅殺させた。
  • 南陽太守として新野の外戚子弟鄧衍の虚飾を見抜いた逸話(容姿は立派だが実行が伴わないと評価せず、後に父の喪に服さなかったことで真価が露見)も伝わる。太尉・司徒を10余年歴任するも、楚王英の謀反事件で陰氏の讒言に巻き込まれ自殺した。子孫は清貧を貫き、曾孫の虞放は楊震の冤罪を訴えた功で知られ、後に党錮の禁で誅殺された。