後漢書卷六十一 郭杜孔張廉王蘇羊賈陸列傳第二十一 郭伋

信を貫いた牧守

  • 郭伋、字は細侯。扶風茂陵の人。高祖父の解は任俠で知られ、父の梵は蜀郡太守。哀平期に大司空府を経て漁陽都尉、王莽期は上谷大尹、更に并州牧。更始政権下、左馮翊として関中を鎮撫。
  • 光武帝即位後、雍州牧、尚書令を経て建武4年中山太守、翌年漁陽太守として匪賊を鎮め匈奴の侵入を防いだ。5年で戸口倍増の実績。建武9年、潁川太守として盗賊の頭目・趙宏や召呉ら数百人を降伏させ帰農させた(独断専行を自ら弾劾したが帝は策を称賛)。
  • 建武11年、并州牧として盧芳勢力に対処。西河美稷で童子数百人が竹馬で出迎え、後日の帰還を約束した「童子迎送」の逸話が有名(約束の期日を守るため野亭で一泊して待った)。老病により建武22年、太中大夫として召され、翌年86歳で没した。