後漢書卷六十一 郭杜孔張廉王蘇羊賈陸列傳第二十一 杜詩
南陽の善政
- 杜詩、字は公君。河内汲の人。将軍蕭広の暴虐を格殺した功で世祖に認められ、河東の楊異らの反乱鎮圧に功を挙げ成臯令、南陽太守。
- 水排(水力鞴)を発明し農具鋳造の労力を大幅に削減、陂池を修めて土地を拓き民を富ませ、「前に召父(召信臣)あり、後に杜母あり」と称された。
- 匈奴討伐の負担軽減や虎符制度の整備(璽書のみでの発兵は姦人の偽詔を招く恐れがあるとして、信陵君・如姫の故事を引き虎符の必要性を説いた)を上疏し採用された。清廉で財産を残さず、建武14年、弟の仇討ちに客を遣わした罪で召還される途中に病没。司隸校尉鮑永の上書により郡邸で喪を営み絹千匹が贈られた。