後漢書卷十一 律暦志第一 律準・候氣
総説――数・度量衡・律暦の起源
- 古人は「物が生じて象があり、象があって滋(しげ)り、滋りがあって数がある」と論じた。伝承では、大橈(たいごう)が甲子(十干十二支)を作り、隸首が算術を作ったとされ、これによって日表(日時計)を用いて万事を管理するようになった。
- 十百千万は共通の単位だが、律(音律)・度(長さ)・量(容積)・衡(重さ)・暦はそれぞれ別の用途を持つ。長さは度で検し、多少は量で受け、軽重は権衡で平らかにし、清濁は律呂で協和させ、三光(日月星)の運行は暦数によって紀(しる)す。こうして幽隠な情・精微な変化を綜合的に把握できる。
- 漢が興ると北平侯張蒼が最初に律暦を治め、武帝は楽制を正して協律の官を置いた。元始年間には鐘律に通じた者を広く徴し、羲和(ぎか)の劉歆がこれを統括して条奏し、班固が前史(漢書)の志とした。
- 元帝の代、郎中の京房(字は君明)は五声・六律の理論に通じ、太子太傅韋玄成・諫議大夫章とともに試問を受けた。京房は元は小黄令焦延寿から学んだもので、六十律相生の法(三分損益法を上下に展開したもの)を説いた。十二律の変化が六十まで広がるのは、八卦の変化が六十四卦まで広がるのと同様であるとされる。
- 伏羲は易を作り、陽気の初めを紀して律法を建てた。冬至の日の声を黄鍾を宮、太蔟を商、姑洗を角、林鍾を徴、南呂を羽、応鍾を変宮、蕤賓を変徴とする。これが声気の元、五音の正である。禮運篇にいう「五声六律十二管、還りて宮となる」とはこのことである。
- 京房はまた「竹の声は微妙で度り難いため、瑟に似た『凖』(十三弦、長さ一丈、うち九尺を黄鍾の律に応じさせ、中央の一弦の下に六十律清濁の目盛りを刻んだ楽器)を作って音を定めた」と述べた。この京房の術は劉歆の奏よりも詳しく、史官の候部で用いられた。以下にその要旨を記す。
六十律生成の原理
- 律の術は「陽は円をもって形とし、その性は動、陰は方をもって節とし、その性は静。動は三、静は二の数を用い、陽から陰を生むときは倍し、陰から陽を生むときは四倍し、いずれも三分してこれを一とする」というもの。陽から陰を生むのを「下生」、陰から陽を生むのを「上生」と呼ぶ。上生は黄鍾の清音を超えず、下生は黄鍾の数に及ばない。
- 黄鍾は律呂の首であり十二律を生む根本である。三分損益によって相生し、十二律の実数の総和は十七万七千百四十七となり、これを「黄鍾の実」とする。これに二を乗じて三で約すと下生(林鍾の実)、四を乗じて三で約すと上生(太蔟の実)となる。この上下の関係を推し進めて六十律の実数を定める。九を三乗した数一万九千六百八十三を法とし、律は寸に、凖は尺に換算する。
六十律弦率表
底本の数値・生成関係・律の長さ・凖の長さ・当該律が司る日数を、黄鍾を起点として上下生成の順にすべて掲げる(底本の数字はそのまま写し、明らかな不整合と思われる箇所は脚注で示す)。
| 律名 | 実数 | 生成 | 日数 | 律(寸) | 凖(尺・分以下) |
|---|---|---|---|---|---|
| 黄鍾 | 177147 | 下生林鍾(黄鍾=宮/太蔟=商/林鍾=徴) | 1日 | 9寸 | 9尺 |
| 色育 | 176776 | 下生謙待(色育=宮/未知=商/謙待=徴) | 6日 | 8寸9分小分8微强 | 8尺9寸15973 |
| 執始 | 174762 | 下生去滅(執始=宮/時息=商/去滅=徴) | 6日 | 8寸8分小分7大强 | 8尺8寸15516 |
| 丙盛 | 172410 | 下生安度(丙盛=宮/屈齊=商/安度=徴) | 6日 | 8寸7分小分6微弱 | 8尺7寸11679 |
| 分動 | 170089 | 下生歸嘉(分動=宮/隨期=商/歸嘉=徴) | 6日 | 8寸6分小分4强 | 8尺6寸8152 |
| 質未 | 167800 | 下生否與(質未=宮/形晉=商/否與=徴) | 6日 | 8寸5分小分2强 | 8尺5寸4945 |
| 大呂 | 165888 | 下生夷則(大呂=宮/夾鍾=商/夷則=徴) | 8日 | 8寸4分小分3弱 | 8尺4寸5508 |
| 分否 | 163654 | 下生解形(分否=宮/開時=商/解形=徴) | 8日 | 8寸3分小分1强 | 8尺3寸2851 |
| 凌隂 | 161452 | 下生去南(凌隂=宮/族嘉=商/去南=徴) | 8日 | 8寸2分小分1弱 | 8尺2寸514 |
| 少出 | 159280 | 下生分積(少出=宮/爭南=商/分積=徴) | 6日 | 8寸小分9强 | 8尺18160 |
| 太蔟 | 157464 | 下生南呂(太蔟=宮/姑洗=商/南呂=徴) | 1日 | 8寸 | 8尺 |
| 未知 | 157134 | 下生白呂(未知=宮/南授=商/白呂=徴) | 6日 | 7寸9分小分8强 | 7尺9寸16383 |
| 時息 | 155344 | 下生結躬(時息=宮/變虞=商/結躬=徴) | 6日 | 7寸8分小分9少强 | 7尺8寸18166 |
| 屈齊 | 153253 | 下生歸期(屈齊=宮/路時=商/歸期=徴) | 6日 | 7寸7分小分9弱 | 7尺7寸16939 |
| 隨期 | 151190 | 下生未卯(隨期=宮/形始=商/未卯=徴) | 6日 | 7寸6分小分8强 | 7尺6寸15992 |
| 形晉 | 149155 | 下生夷汗(形晉=宮/依行=商/夷汗=徴) | 6日 | 7寸5分小分8弱 | 7尺5寸15325 |
| 夾鍾 | 147456 | 下生無射(夾鍾=宮/中呂=商/無射=徴) | 6日 | 7寸4分小分9强 | 7尺4寸18018 |
| 開時 | 145470 | 下生閉掩(開時=宮/南中=商/閉掩=徴) | 8日 | 7寸3分小分9微弱 | 7尺3寸17841 |
| 族嘉 | 143513 | 下生鄰齊(族嘉=宮/内負=商/鄰齊=徴) | 8日 | 7寸2分小分9微强 | 7尺2寸17954 |
| 爭南 | 141582 | 下生期保(爭南=宮/物應=商/期保=徴) | 8日 | 7寸1分小分9强 | 7尺1寸18327 |
| 姑洗 | 139968 | 下生應鍾(姑洗=宮/蕤賓=商/應鍾=徴) | 1日 | 7寸1分小分1微强 | 7尺1寸2187 |
| 南授 | 139670 | 下生分烏(南授=宮/南事=商/分烏=徴) | 6日 | 7寸小分9大强 | 7尺18930 |
| 變虞 | 138084 | 下生遲内(變虞=宮/盛變=商/遲内=徴) | 6日 | 7寸小分1半强 | 7尺3030 |
| 路時 | 136225 | 下生未育(路時=宮/離宮=商/未育=徴) | 6日 | 6寸9分小分2微强 | 6尺9寸4123 |
| 形始 | 134392 | 下生遲時(形始=宮/制時=商/遲時=徴) | 5日 | 6寸8分小分3弱 | 6尺8寸5476 |
| 依行 | 132582 | 上生色育(依行=宮/謙待=商/色育=徴) | 7日 | 6寸7分小分3大强 | 6尺7寸7059 |
| 中呂 | 131072 | 上生執始(中呂=宮/去滅=商/執始=徴) | 8日 | 6寸6分小分6弱 | 6尺6寸11642 |
| 南中 | 129308 | 上生丙盛(南中=宮/安度=商/丙盛=徴) | 7日 | 6寸5分小分7微弱 | 6尺5寸13685 |
| 内負 | 127567 | 上生分動(内負=宮/歸嘉=商/分動=徴) | 8日 | 6寸4分小分8强 | 6尺4寸15958 |
| 物應 | 125850 | 上生質末(物應=宮/否與=商/質末=徴) | 7日 | 6寸3分小分9强 | 6尺3寸18471 |
| 蕤賓 | 124416 | 上生大呂(蕤賓=宮/夷則=商/大呂=徴) | 1日 | 6寸3分小分2微强 | 6尺3寸4131 |
| 南事 | 124154 | 下生南事(窮まり無し、商・徴を為さず宮のみ) | 7日 | 6寸3分小分1弱 | 6尺3寸1531 |
| 盛變 | 122741 | 上生分否(盛變=宮/解形=商/分否=徴) | 7日 | 6寸2分小分3大强 | 6尺2寸7064 |
| 離宮 | 121819 | 上生凌隂(離宮=宮/去南=商/凌隂=徴) | 7日 | 6寸1分小分5微强 | 6尺1寸10227 |
| 制時 | 119460 | 上生少出(制時=宮/分積=商/少出=徴) | 8日 | 6寸小分7弱 | 6尺13620 |
| 林鍾 | 118098 | 上生太蔟(林鍾=宮/南呂=商/太蔟=徴) | 1日 | 6寸 | 6尺 |
| 謙待 | 117851 | 上生未知(謙待=宮/白呂=商/未知=徴) | 5日 | 5寸9分小分9弱 | 5尺9寸17213 |
| 去滅 | 116508 | 上生時息(去滅=宮/結躬=商/時息=徴) | 7日 | 5寸9分小分2弱 | 5尺9寸3783 |
| 安度 | 114940 | 上生屈齊(安度=宮/歸期=商/屈齊=徴) | 6日 | 5寸8分小分4弱 | 5尺8寸7786 |
| 歸嘉 | 113393 | 上生隨期(歸嘉=宮/未卯=商/隨期=徴) | 6日 | 5寸7分小分6微强 | 5尺7寸11999 |
| 否與 | 111867 | 上生形晉(否與=宮/夷汗=商/形晉=徴) | 5日 | 5寸6分小分8强 | 5尺6寸16422 |
| 夷則 | 110592 | 上生夾鍾(夷則=宮/無射=商/夾鍾=徴) | 8日 | 5寸6分小分2弱 | 5尺6寸3672 |
| 解形 | 119103 | 上生開時(解形=宮/閉掩=商/開時=徴) | 8日 | 5寸5分小分4强 | 5尺5寸8465 |
| 去南 | 107635 | 上生族嘉(去南=宮/鄰齊=商/族嘉=徴) | 8日 | 5寸4分小分6大强 | 5尺4寸13468 |
| 分積 | 106188 | 上生爭南(分積=宮/期保=商/爭南=徴) | 7日 | 5寸3分小分9半强 | 5尺3寸18681 |
| 南呂 | 104976 | 上生姑洗(南呂=宮/應鍾=商/姑洗=徴) | 1日 | 5寸3分小分3强 | 5尺3寸6561 |
| 白呂 | 104756 | 上生南授(白呂=宮/分烏=商/南授=徴) | 5日 | 5寸3分小分2强 | 5尺3寸4371 |
| 結躬 | 103563 | 上生變虞(結躬=宮/遲内=商/變虞=徴) | 6日 | 5寸2分小分6少强 | 5尺2寸12114 |
| 歸期 | 102169 | 上生路時(歸期=宮/未育=商/路時=徴) | 6日 | 5寸1分小分9微强 | 5尺1寸17857 |
| 未卯 | 100794 | 上生形始(未卯=宮/遲時=商/形始=徴) | 6日 | 5寸1分小分2微强 | 5尺1寸4087 |
| 夷汗 | 99437 | 上生依行(夷汗=宮/色育=商/依行=徴) | 7日 | 5寸小分5强 | 5尺10220 |
| 無射 | 98304 | 上生中呂(無射=宮/執始=商/中呂=徴) | 8日 | 4寸9分小分9强 | 4尺9寸18573 |
| 閉掩 | 96980 | 上生南中(閉掩=宮/丙盛=商/南中=徴) | 8日 | 4寸9分小分3弱 | 4尺9寸5333 |
| 鄰齊 | 95675 | 上生内負(鄰齊=宮/分動=商/内負=徴) | 7日 | 4寸8分小分6微强 | 4尺8寸11966 |
| 期保 | 94388 | 上生物應(期保=宮/質末=商/物應=徴) | 8日 | 4寸7分小分9微强 | 4尺7寸18779 |
| 應鍾 | 93312 | 上生蕤賓(應鍾=宮/大呂=商/蕤賓=徴) | 1日 | 4寸7分小分4微强 | 4尺7寸8019 |
| 分烏 | 93117 | 上生南事(分烏=窮まり無し、商・徴無く宮を為さず) | 7日 | 4寸7分小分3微强 | 4尺7寸6059 |
| 遲内 | 92056 | 上生盛變(遲内=宮/分否=商/盛變=徴) | 8日 | 4寸6分小分8弱 | 4尺6寸15142 |
| 未育 | 90817 | 上生離宮(未育=宮/凌隂=商/離宮=徴) | 8日 | 4寸6分小分1少强 | 4尺6寸2752 |
| 遲時 | 89595 | 上生制時(遲時=宮/少出=商/制時=徴) | 6日 | 4寸5分小分5强 | 4尺5寸10215 |
律暦法の伝承とその断絶
- 竹管を截って律とし、吹いて声を考え、物の気を列するのが暦の根本である(章帝の代、零陵の文学奚景が舜の祠下で白玉の琯を得た故事がある)。律の音は微かで体系が分かりにくく分数も不明瞭なため、京房は「凖」を作ってこれに代えた。凖の音は明瞭で分寸も粗く扱いやすいが、弦の緩急・清濁は管でなければ正しく定められない。中央の弦を黄鍾に合わせて画を案じれば、諸律はすべて数に応じて求められる。
- しかし音声の精微を綜合するのは難しく、章帝元和元年、待詔候鍾律の殷彤が「六十律を凖で調音できる者が官にいない」と上言し、待詔厳崇の子・厳宣がこの法に通じていたため学官に補すよう願った。詔ではこれを認めつつ厳格な試験を課したが、太史丞弘が試したところ十二律のうち中ったのは二、四は不十分、六は律の名すら分からず、結局厳宣は罷免された。以後、凖に弦を張って律を判じられる者はなく、候部の術も途絶えた。
- 建初二年(77年)には車騎将軍馬防が、楽丞鮑鄴らの上言(時節に応じた音律で祭祀音楽を整えるべきとの説)を上奏し、明帝は霊台に六律を候する制度を設けさせたが、門を開いて奏歌する具体策は未整備のまま残された。
- 熹平六年(177年)、東観に律に通じた太子舎人張光らを召して凖の意義を問うたが、彼らも分からず、旧蔵を調べてようやく器の形制は京房の書の通りと知れたものの、弦の緩急・音の書き表し方は定められなかった。当時知る者に学ばせようにも師がなく、以後、清濁を弁じられる史官は絶え、伝わったのは大まかな常数と候気の法のみであった。
候気の法
- 五音は陰陽から生じ、十二律に分かれ、転じて六十律を生む。いずれも斗建の気を紀し、物類を照らし合わせるものである。天は影で応じ、地は響きで応じる。陰陽が調和すれば影は正しく、律気が応ずれば灰が動く。
- 天子は常に冬至・夏至の日に前殿で八能の士を集め、八音を陳べて楽の調子を聴き、日影を測り鍾律を候し、土灰の重さを量って陰陽の消長を占った。冬至は陽気が応じて楽の調子は清く、影は最も長く、黄鍾の気が通じて灰は軽く衡は仰ぐ。夏至は陰気が応じて楽の調子は濁り、影は最も短く、蕤賓の気が通じて灰は重く衡は低くなる。
- 前後五日の間に八能の士がそれぞれ候の状を太史に封じて奏上し、応ずれば和、応じなければ凶事の兆しとされた。影が長すぎれば洪水、短すぎれば旱魃の兆しとされ、一尺進めば日食、一尺退けば月食の兆しとし、月食は臣下の行いを正し、日食は君主の道を正すべき兆しとされた。
- 候気の法は、三重の密閉した室を用い、緹(あか色の絹)の帳を張り、方位に応じて律管を内低外高に据え、葭莩(あしの内膜)の灰をその内端に置いて暦に従って候する。気が至れば灰が動いて落ち、人や風で動かされた場合は灰が固まって散らない違いで見分けた。宮殿では玉律十二管を用いて二至(冬至・夏至)のみを候し、霊台では竹律六十管を用いて日々候した。