後漢演義第八十八回 外国の使者に会い奸雄が代わって刀を執り、重傷を察し功臣が天蓋を賜る (見外使奸雄代捉刀 察重傷功臣邀賜蓋)
華歆の栄達と献帝の再婚
- 伏皇后を弑した華歆は曹操に重用され軍師となった。曹操は次女曹節を新たな皇后に立てさせた。
- 曹操は漢中の張魯を攻め、陽平関を落として南鄭に入城。張魯は倉庫を封じたまま降伏し、鎮南将軍に封じられた。司馬懿は入蜀直後の益州を突くよう進言したが、曹操は「隴を得て蜀を望むのか」と退けた。
世継ぎ争いと崔琰の死、蔡文姫
- 曹操は卞氏を正室とし、子の丕・彰・植・熊を得た。曹植を愛したが、崔琰らの諫言で長男曹丕を後継とした。
- 崔琰は楊訓への風刺と取られる書状を理由に処罰され、後に自害を命じられた。
- 匈奴単于への謁見では崔琰が身代わりとなり、曹操自ら刀を持って傍らに立った(捉刀の逸話)。
- 曹操は蔡邕の娘・蔡文姫を匈奴から贖い戻し、董祀に再嫁させた。文姫は夫の助命を嘆願し、また亡父の遺文を口述で復元した。曹娥碑の隠し文字を解読した楊修の才を、曹操は妬んだ。
合肥・濡須の攻防と荊州問題の決着
- 孫権は合肥を攻めるが、張遼・李典の奇襲に大敗し、逍遙津では危うく討たれかけた。
- 曹操自ら大軍を率いて居巣に出陣、濡須で孫権と対峙。甘寧の夜襲、董襲の戦死などを経て両軍は和議に至った。
- 荊州の帰属をめぐり魯粛と関羽が単刀会で交渉し、湘水を境に荊州を分割して和解した。魯粛の死後は呂蒙が後任となり、孫劉の関係は次第に悪化していく。
- 一方、漢中では張飛が張郃を破り、法正の進言により劉備は漢中攻略に乗り出し、黄忠を将として派遣した。
評語
- 捉刀の逸話は曹操の狡猾さをよく表す。崔琰を殺し楊修を妬んだのも、老獪な奸雄の常套手段である。
- 孫権は張遼にすら勝てず、赤壁の勝利も孫劉の連合あってこそだった。魯粛の連劉方針が崩れたことで、後の曹魏簒奪への道が開かれた。