五代史演義第二十七回 公主を嘲る酔語が戎を招き、石郎を援ける番兵敵を破る (嘲公主醉語啟戎 援石郎番兵破敵)
王繼鵬の即位と内紛
- 王繼鵬(改名して昶)は父と弟を殺した後に即位し、李春燕を皇后に立てる。弑逆の首謀者李仿を伏兵で誅殺し、内乱を鎮める。
- 諫言した内宣徽使葉翹は疎んじられ致仕する。
石敬瑭への疑心
- 河東節度使石敬瑭は病と称して政務を避け、都に残した子らを通じて朝廷の情報を集めていた。
- 契丹への備えを名目に軍糧を集めるが、旱魃と労役で民の怨嗟を招く。軍士が勝手に万歳を唱えた事件を機に首謀者を処刑し軍紀を引き締めた。
- 從珂は張敬達を派遣して名目上は契丹防備、実質は敬瑭の監視に当たらせる。
千春節の失言
- 從珂の誕生祝いの席で、見舞いに来た魏国長公主(敬瑭の妻)にすぐ帰ろうとするのかと絡み、酔って「石郎と謀反でも企てているのか」と口を滑らせる。
- 翌日皇后劉氏に諫められ後悔するが、時すでに遅く、公主は敬瑭にこの一件を伝え、敬瑭はいっそう疑心を強めて私財を晋陽へ移した。
和親策の挫折
- 都では河東謀反の噂が絶えず、学士李崧・呂琦は契丹と和親して河東を牽制する策を進言、張延朗も賛同するが、樞密直学士薛文遇が「屈辱的な和親は害あって益なし」と反対し、從珂もこれに翻意する。
- 呂琦・李崧はかえって叱責され、呂琦は左遷される。
移鎮の命と石敬瑭の挙兵決断
- 敬瑭が自ら病を理由に移鎮を願い出た上表を、從珂は薛文遇の進言(移しても移さなくても謀反は避けられない)に従い許可し、鄆州への転任を命じる。
- 敬瑭は劉知遠・桑維翰の勧めで挙兵を決意。桑維翰の起草した上表で從珂に許王從益への譲位を迫るが、從珂は激怒してこれを拒絶し、敬瑭に鄆州赴任を厳命した。
契丹への救援要請
- 敬瑭は劉知遠の勧めに従い、四方に檄を飛ばし契丹に救援を求める。安元信ら諸将が相次いで帰順した。
- 朝廷は張敬達らに数万の兵を与え太原を包囲させる。折悪しく敬瑭の弟や子らが処刑された報が届き、敬瑭は慟哭しつつ挙兵の決意を固める。
- 桑維翰の上表で契丹に臣下の礼と割地(盧龍・雁門以北)を約束、劉知遠は割地に反対するが聞き入れられなかった。
契丹の来援と晋陽解囲
- 契丹主耶律徳光は夢のお告げを口実に出兵を決断。敬瑭軍は晋陽を守り抜き、劉知遠の指揮の下、張敬達軍を汾水沿いの伏兵戦で撃破し、契丹兵は晋陽の囲みを解いた。
- 敬瑭は徳光に父子の礼で謝意を示すが、徳光は勝因を問われて「兵法も知らぬのか」とあざ笑い、敬瑭は恥じ入る。
評語
- 從珂の弑逆簒奪あればこそ石敬瑭の叛乱もあり、逆をもって逆を召したのは天道というより人事の必然であると論じる。
- 薛文遇の「移しても移さずとも反する」との見立ては正論だが、契丹と結んで河東を制する策を取らずいたずらに敬瑭を挑発したことの是非を問う。
- 敬瑭が契丹に臣従し子と称し燕雲十六州を割譲したことは、劉知遠が諫めたにもかかわらず強行され、後世に禍根を残した五代最大の罪として厳しく断罪する。