五代史演義第十七回 閨房に溺愛し牝鶏晨を司り、酒色に家を亡ぼし牽羊して命を待つ (房幃溺愛牝雞司晨 酒色亡家牽羊待命)
劉后専横と宦官の登用
- 唐主は劉后の言に従い宦官を要職に、伶人陳俊・儲德源を刺史に任じるなど人事を私する。郭崇韜の諫言は容れられず、租庸副使孔謙は赦免された税を取り立て続け、民の怨嗟が広がる。
- 唐主は李茂貞を秦王、高季興を南平王、李仁福を朔方王に封じ、蜀の内情を探らせた李厳の報告(蜀主王衍の放縦・失政)を受けて蜀征討を決意する。
郭崇韜の苦境
- 契丹侵攻に李嗣源が出陣し成徳軍を鎮守。郭崇韜は汴州兼鎮を固辞しつつも唐主の意向で軍務を担い続ける。李嗣源が家族の便宜を求めた上表を唐主に疎まれ、李従珂が左遷されるなど、唐主と嗣源の間に猜疑が生じ始める。
- 唐主と劉后は張全義邸へしばしば私的に宴に赴き、劉后は張全義を「養父」として拝礼させるなど奇矯な振る舞いを見せる。
- 唐主が良家の娘を寵愛し皇子を得ると、劉后は嫉妬からその女性を李紹栄に下賜してしまい、唐主は不満ながらも押し切られる。
仏教への傾倒と讒言
- 劉后は仏教に帰依し、胡僧や自称神通力を持つ僧誠恵を厚遇するが、誠恵は郭崇韜の求めで祈雨に失敗し、焼殺を恐れて逃亡・憂死する。
- 太妃劉氏・曹太后が相次いで死去。唐主は喪に服すがすぐに遊興に戻る。
- 唐主が避暑楼の造営を企てると郭崇韜が諫めるが、宦官の讒言で唐主は崇韜を恨むようになる。崇韜が推挙した河南令羅貫も、劉后・張全義の讒言により無実の罪で処刑される。崇韜はなお辞さずに留任し続ける。
蜀征討の発令
- 群議の末、郭崇韜自身が魏王継岌の副として西川討伐の実務を担うことになる。李嗣源・高季興・李従曮ら諸将を動員し、六万の兵で西進する。
蜀主王衍の淫楽と滅亡
- 蜀主王衍は宣華苑などの豪奢な宮殿で女道士姿の後宮を侍らせ連日遊興にふける。辺境の守備を解いて無防備になる。
- 宦官王承休は妻を利用して蜀主に取り入り秦州節度使となるが、実権は副将安重覇に奪われる。蜀主は秦州の美女に誘われて東巡を強行し、群臣の諫めを退ける。
- 唐軍が西進すると蜀の諸城は次々に無血開城・投降。安重覇も秦隴を唐に献じる。王宗弼も唐に内応し、蜀主とその母徐太后を幽閉して実権を握る。
- 唐の安撫使李厳の説得を受け、蜀主王衍は白衣に璧を銜え羊を牽いて降伏する。蜀は王建以来十九年で滅亡した。
- (詩:蜀の険阻も淫昏の主を守れなかったと嘆く趣旨)
評語
前半は劉后の専横がすべて唐主の追認を得てしまう構図を示し、唐主が色に迷って国を危うくしていく様を描く。郭崇韜がすでに主君の忌避を受けながら退かなかったことも惜しまれる。後半の蜀滅亡は淫昏の末路として唐主への当てつけであり、蜀があっさり瓦解した様は唐にとっても他山の石となるはずだったが、郭崇韜は蜀平定でかえって危機を招き、唐主は蜀平定でかえって驕りを深めた、と結ぶ。