魏鄭公諫錄居所の殿は隋文帝の造営と答える(對所居殿隋文帝造)

  • 太宗は房玄齢らに、自分の住む殿は隋の文帝が造営したもので既に四十余年を経ながら損壊は少なく、ただ承乾殿は煬帝が造ったもので工が多く新奇な意匠を凝らし小さな斗栱まで凝っていたため、年月が近いのに破損が多いと述べ、今の政も新たに手を加えようとすれば、この建物のようになることを恐れると語った。
  • 魏徴は、昔魏の文侯の時、租税が年々倍増し、これを祝う者があったが、文侯は戸口が増えぬのに租賦だけが倍増するのは搾取が過ぎるからで、皮を鞣すのに強く引けば薄くなり、緩く引けば厚くなるのと同じく、人を治めるのも同様であるべきだと答え、これにより魏国は大いに治まったという故事を挙げた。そのうえで、陛下の政によって百夷が服し天下は既に安定しているので、今日の教化を守り、厚きに帰することこそ足れりとする所以であると述べた。