魏書卷七十二 列傳第六十 房亮

清厳の刺史

  • 字景髙、清河の人。父・房法延は譙郡太守。太和中(477〜499年)秀才に挙げられ祕書郎・員外散騎侍郎(副使として蕭賾へ)等を歴任。使者として高麗に赴いたが高麗王の仮病で拝謁できず罪を受けた。
  • 済北・平原太守として清厳で称された。京兆王元愉の反乱時、平原は河北で愉の境と接していたが、亮は誘いを拒んで使者を斬り防戦、張靈和の攻撃を大破した。東荊州刺史として夷夏を慰撫、滄州刺史・光禄大夫・安東将軍を歴任、永安二年(529年)卒去、享年七十一。贈撫軍将軍・齊州刺史。子・房柬(字元約)は光禄大夫。
  • 弟・房詮(字鳳舉)は尚書郎・本州中正、贈撫軍将軍・齊州刺史。房詮の弟・房悦(字季欣)は髙陽・広川太守等を経て南清河郡太守、興和二年(540年)卒去、享年七十、贈征東将軍・済州刺史。長子・房超は武定末司徒録事参軍・済州大中正。