魏書卷七十一 列傳第五十九 淳于誕

蜀への遠征

  • 字靈逺、その先は太山愽の人。父・淳于興宗は蕭頤の南安太守で盗賊に殺害され、誕は若くして仇討ちを果たした。蕭衍に仕え歩兵校尉となったが、景明中(500〜503年)漢中より帰国、伐蜀の計を献策。
  • 延昌末(515年頃)驍騎将軍として鄉導統軍を務め、栄爵を辞退した清廉さで知られた。世宗の崩御で遠征は中止となったが、正光中(520〜525年頃)秦隴の反乱に際し、行台魏子建と共に龍鬚山の賊柵を夜襲で攻略、俘斬万計の大功を挙げた。
  • 東梁州刺史として永安二年(529年)四月卒去、享年六十。贈安西将軍・益州刺史、諡は荘。長子・淳于亢、弟・淳于允(字は欠字)は武定末(550年頃)梁州驃騎府司馬。