蠕蠕からの帰順者
- 閭大肥は蠕蠕の人。太祖の時、弟の大埿倍頤とともに宗族を率いて帰国した。太祖はこれを善しとし華陰公主を尚し爵を賜わり、その弟とともに上賓として八議に列した。太宗即位後、大肥を内都大官に進め侯に爵を増した。神瑞中、都将となり越勒部を跋那山で討ち大破した。泰常の初め再び都将となり禁兵を領して蠕蠕を討ちその大将・莫孤渾を獲た。宜城王奚斤の虎牢攻めでは大肥は娥清とともに十二軍を領して中道から出て高平・金郷を略地し東は泰山に至り、大肥は使持節・安陽公を仮され陳・汝を鎮撫した。
- 世祖の初め、再び奚斤とともに雲中の白道から出て大檀を討ってこれを破り、還って内都大官となり、使持節・冀青二州刺史として出て滎陽公を仮され、まもなく召還されて特進の位に復し再び冀青二州刺史として出て、まもなく入って内都大官となった。赫連昌討伐に従い功により滎陽公を授けられた。公主が薨じ、再び濩沢公主を尚した。また都将として大檀を撃ちこれを大破して還り渇侯山に至り、東部の高車を己尼陂で討った。また平涼を征し、ともに功があった。世祖が大肥を王に拝そうとした矢先、病にかかり卒し、中山王を追贈された。子の賀は早世した。
- 大肥の弟・驎は爵を襲ぎ仇池鎮将として出て卒したが子はなかった。弟の鳳は爵を襲ぎ高宗の時内都大官となり鎮南将軍・肆州刺史として出て卒したが子がなく爵は除された。