赫連定捕縛の陰の功労者
- 豆代田は代の人。太宗の時弓射に優れ内細射となり虎牢攻めに従った。詔により代田は楼に登って賊を射させ矢は空しく発せられることがなかった。奚斤とともに前鋒として先に入り劉義隆の将・毛徳祖及び長史・司馬ら三人を擒え、功により内三郎に遷った。赫連昌討伐に従い勝ちに乗じて賊を追い宮門に入ったが、門が閉じられ代田は宮を越えて脱出した。世祖はこれを壮とし勇武将軍を拝した。
- のち駕に従い昌の平定に功があり奴婢十五口・黄金百斤・銀百斤を賜った。神䴥中、蠕蠕討伐で関中侯の爵を賜り、平涼討伐に従い赫連定を撃破し奚斤らを捕らえた際、世祖は定の妻を代田に賜い、斤に膝行させて酒を代田に授けさせ「お前の身命を全うしたのは代田の功である」と勅した。井陘侯に改爵され散騎常侍・右衛将軍を加えられ内都幢将を領した。
- 和竜討伐に従い戦功が最も多く殿中尚書に遷り奴婢六十口を賜り、前後の軍功により長広公に進爵し平東将軍を加えられ、駕に従い南討し太子太保に転じ統万鎮大将として出て興安中に卒し、侍中・安東大将軍・長広王を贈られ恭と諡された。
- 子の求周は内三郎として駕に従い江に至り五等子の爵を賜りさらに侯に進爵、のち父の爵を襲いで吏部尚書となり皇興二年(468年)に卒し征北大将軍・長広王を贈られ簡と諡された。子の多侯は爵を襲いだ。