元史演義第五十六回 番僧術を授け天子淫を宣べ、嬖侍権を擅にし丞相禍を受く (番僧授術天子宣淫 嬖侍擅權丞相受禍)

番僧の秘術と順帝の淫楽

  • 哈麻の推挙で復権した哈麻は、番僧を順帝に取り次いだ。この僧は「演揲児法」という房中の秘術を伝え、順帝はこれに耽溺し番僧を司徒に任じて宮中で講習させた。
  • 哈麻の妹婿・禿魯帖木児も順帝に取り入り、演揲児法よりも優れるという「雙修法」を伝授する西僧・伽璘真を推挙した。順帝はこれを大元国師に任じ、禿魯帖木児に良家の美女を選んで宮中に入れさせ秘術を演習させた。

宮中の乱れ

  • 伽璘真と番僧は宮女らと親しみ、順帝から供養として宮女を賜った。二僧は「天魔舞」なる宮女の舞を考案し、順帝はこれに興じては宮女を伴い秘密室で秘術を試みた。
  • 順帝の兄弟にあたる親王・八郎や、禿魯帖木児が集めた若い官僚ら十人(「倚納」と呼ばれた)も秘密室に出入りするようになり、宮中の風紀は乱れ、身分の上下を問わず淫らな行いが公然と行われるに至った。
  • 順帝は清寧殿などの豪奢な殿宇を造営させ、精巧な龍舟や自動仕掛けの宮漏(時計)まで作らせ、贅を尽くした。

皇太子と脱脱の危惧

  • 皇子・愛猷識理達臘は宮中の乱れを憂い、脱脱を訪ねて実情を訴えた。脱脱は治水や各地の反乱対応に追われ宮中のことに構う余裕がなかったが、哈麻が禍の元凶と聞いて驚き、汝中柏にも確認した上で入朝を決意した。

脱脱の直諫

  • 脱脱は秘密室で淫楽中の順帝のもとへ強引に押し入り、哈麻・番僧・禿魯帖木児らの追放を進言、桀紂の故事を引いて順帝を諫めた。順帝は哈麻の左遷(宣政使への転任)のみを認め、他は不問とした。
  • 折しも張士誠が高郵で抵抗し揚州を脅かしていたため、脱脱は自ら大軍を率いて南征し高郵の張士誠を攻めた。緒戦で優勢に進め、城を包囲し援軍の道も断って追い詰めた。

脱脱の失脚

  • ところが京師から突然、太不花・月闊察兒・雪雪に脱脱の兵権を代行させる詔が届いた。参議の龔伯遂は詔を開かず戦を続けるよう進言したが、脱脱は君命に従うとして詔を受け入れ、官爵剥奪・淮安への配流を甘んじて受けた。
  • 客省副使の哈剌答は脱脱への殉義を叫んで自刎し、脱脱は嘆き悲しんだ。
  • 脱脱は淮安へ向かう途上、弟の也先帖木児も寧夏へ配流されたことを知り、さらに雲南への配流、二子の辺境戍役、家産没収という厳しい処分が重ねられた。これらは哈麻が奇皇后や台官の袁賽因不花と結んで讒言を重ねた結果であった。

大理での出来事

  • 雲南への配流の途上、大理騰衝の知府・高恵にもてなされた脱脱は、高恵から娘を差し出されそうになるが固辞した。高恵は脱脱の復権を期待していたが拒まれたため憤り、ひそかに脱脱の監視を強めた。
  • 脱脱は死を覚悟しながらも動じずにいたところ、さらに都から密詔が雲南へ届く。

(対句:巨棟自ら摧けて元室覆り、大星陡に落ちて滇地寒し)

評語

『元史・脱脱伝』には脱脱が番僧の房中術の乱行を諫めた記録はなく、それでも死後に名声を保ち民間でも称えられているのは、脱脱の人物の大きさゆえである。列伝では汝中柏の讒言により哈麻を宣政使に落としたとされるが、それだけの理由なら哈麻を遠方に追いやる程度で済んだはずで、偽の詔まで用いて陥れるには至らないだろう。本回で脱脱が直諫する場面を補って描いたのは、史書の欠を補うものであり、道理から見て十分にありうる内容である。