元史演義第三十六回 刑を正し衆悪並び誅せられ、奸盗を縦にし百官議を抗す (正刑戮眾惡駢誅  縱奸盜百官抗議)

朱氏母娘の受難

  • 平手打ちを受けた也先鐵木兒は逆上し、母娘を裸にして寝台に縛りつけ、数日間にわたり凌辱を繰り返す。太医朱氏はあちこちに助けを求めるが、也先鐵木兒に権勢を憚る留守の官吏にも取り合ってもらえない。

買奴の登場と討逆の決意

  • 元の宗室の一人、王爺買奴(南坡の変の際、晉王のもとへ逃れていた忠臣)が朱氏の窮状を知り、姦淫の罪より弒逆の大罪を先に問うべきだと助言する。
  • 買奴は新帝(晉王)に単独で謁見し、「也先鐵木兒は鐵失と共謀して英宗を弒した逆賊であり、璽綬を奉じたのも自らの安全のためにすぎない。今のままでは陛下が傀儡とされ、後世に簒奪の疑いをかけられる」と説く。新帝はこれに動かされ、討伐を命じる詔を買奴に授ける。

逆党の粛清

  • 買奴は衛兵を率いて中書省に突入し、油断していた也先鐵木兒・完者・鎖南・秀滿らを捕縛。先帝の霊前で罪状を宣告したうえ、その場で斬首させる。
  • 続いて中書右丞相に旭邁傑、御史大夫に禿魯・紐澤らを任じ、京師に残る鐵失・失禿兒・赤斤鐵木兒・脫火赤・章台らを油断させて出迎えさせたうえ、詔を読み上げて一斉に処刑する。
  • 諸王月魯不花・按梯不花・曲呂不花・孛羅兀魯思不花、鐵失の弟索諾木らも捕らえられる。平章政事張珪の強い主張により、拜住を手にかけた索諾木は死一等を減じられず梟首となり、他は流罪・免官となる。

泰定帝の治世始まる

  • 新帝は入京して大明殿で朝賀を受け、亡父晉王を顯宗、母を宣懿淑聖皇后と追尊し、英宗の諡号も定める。翌年を泰定元年と改元。
  • かつて鐵木迭兒に無実の罪で殺された楊朵兒只・蕭拜住らの名誉回復を命じ、討逆に功のあった買奴を泰寧王に封じるなど論功行賞を行う。ただし逆謀に関与した倒剌沙は罪を問われずむしろ昇進する。
  • 皇后弘吉剌氏(巴巴罕)を冊立し、皇子阿速吉八を皇太子とするが、その日は大風雨に見舞われ不吉の兆しとされる。

太廟神主の盗難と諫言

  • 太廟から仁宗夫妻の神主(金製)が盗まれる事件が起こるが、十日探しても手がかりがなく、監察御史らの処罰要求も黙殺される。
  • 平章政事張珪は、神主を守れなかった太常の責任者が逆に昇進しようとしていることを厳しく非難するが、泰定帝は取り合わない。
  • 権臣不花・即烈が寡婦古哈を詐りの聖旨で無理やり改嫁させた事件も、賄賂により赦免される。遼王脱脱が私怨で王妃ら百余人を殺した罪も不問に付される。
  • 張珪はこうした失政を憂い、数千言の上奏文を起草して自ら上都に赴くことを決意する。

評語

泰定帝が買奴の言に従い也先鐵木兒らを誅したのは、正義というより自らが逆党に与したという嫌疑を逃れるための保身にすぎないと著者は評す。倒剌沙が逆謀に関わりながら罰せられず出世したこと、神主盗難や強制改嫁の罪が有耶無耶にされたこと、藩王の不法が咎められないことなど、失政の数々が泰定帝の本質を物語っており、史書が彼を「祖法を守り治世を成した」と称えるのは実情に合わないと批判する。