元史演義白光に感じ寡婦孕み、紅顔を奪い異児妻を得る(第 一 回 感白光孀姝成孕  劫紅顏異兒得妻)

蒙古の起源伝承

  • 蒙古は唐代の室韋の一分派で、中国北方で狩猟を営む部族だった。隣部との争いに大敗し、生き残った男女数人が阿児格乃袞という山中の隠れ谷に逃げ込み、そこで自ら開墾して暮らし始めた。
  • 子孫の乞顔は膂力に優れ、その子孫が繁栄して「乞要特」と呼ばれた。人口が増えて山が手狭になると、鉄鉱を見つけて大量の炭火で岩を溶かし、狭い山道を切り開いて外へ出る道を作った。

朵奔巴延とアラン・ゴア

  • 数十代を経て朵奔巴延という人物が現れる。兄の都蛙鎖豁児と不兒罕山に登った際、麓を行く一団の中に美しい女性を見つけ、朵奔巴延が下山して声をかける。
  • 女性は豁里剌兒台蔑児乾の一族の娘アラン・ゴアで、朵奔巴延は兄の仲立ちで求婚し、後日鹿皮・豹皮などの贈り物を携えて正式に迎え、夫婦となった。
  • 二人の間に長男布児古訥特、次男伯古訥特が生まれるが、まもなく兄の都蛙鎖豁児が病死する。都蛙鎖豁児の遺した四子と折り合いが悪く、朵奔巴延は妻子を連れて不兒罕山に移り住んだ後、病を得て世を去った。

三子の誕生と天授の由来

  • 未亡人となったアラン・ゴアは、亡夫の義兄瑪哈賚の助けを受けて家事を営むうち、続けて三男(不袞哈搭吉・不固撤兒只・孛端察兒)を身ごもり出産する。とくに三男の孛端察兒は目の色が灰色で、幼少から非凡な様子を見せた。
  • 長男・次男の兄弟は、父なくして母が三子を産んだことを不審に思い、瑪哈賚との私通ではないかと陰口を叩く。アラン・ゴアはこれを聞き、夜ごと黄白色の人影が天窓から入り腹をさすることで身ごもったのだと語り、三子は天与の子で後に帝王となる者だと諭す。兄弟は半信半疑ながら実際に白光を目撃し、以後は信じるようになった。

折箭の教えと孛端察兒の独立

  • 孛端察兒が十歳を過ぎた頃、アラン・ゴアは五子を集めて酒宴を開き、それぞれに矢を一本ずつ折らせた後、束ねた五本の矢を折らせて誰も折れないことを示し、「一本なら折れやすいが、束ねれば折れがたい」との教えを説いた。
  • 数年後アラン・ゴアは病没する。母の死後、長兄布児古訥特は財産を四等分し、末弟の孛端察兒には禿尾馬一頭しか与えなかった。冷遇に耐えかねた孛端察兒は家を出て斡難河沿いを流浪し、巴爾図鄂拉に草小屋を建てて独居する。
  • 孛端察兒は野生の鷹を手なずけて狩りの相棒とし、狼を仕留めるなどして自活した。やがて同母兄の不袞哈搭吉に見つけられ、いったん家に戻るが、まもなく再び出て、河で水を汲んでいた身重の女性を力ずくで連れ去ってしまう。

評語

本回は全書の巻頭にあたり、蒙古の起源伝承を語る。『元史』太祖本紀や『蒙古源流』『秘史』はいずれもアラン・ゴアの懐妊を神異として伝えるが、真偽は定かでないとしつつ、著者は人物として自然に描くことに主眼を置いたと述べる。末尾で孛端察兒が女性を略奪する場面に転じる呼吸を評して、意表を突く結びだと評している。