魏中立(字伯時)と于大本
- 魏中立は字を伯時、済南の人。国子伴読より歴官し陝西行台御史中丞に至り、饒州守に遷った。賊がすでに湖広を陥し分かれて州郡を攻める中、官軍の多くは疲弱で拒めず、所在の無頼子が乗じて蜂起し十日足らずで衆は数万に達した。みな短衣・草鞋で歯木を杷にし竹を削って槍とし、緋帛を切って巾・襦とし、野に満ちてみな赤かった。中立は警報を聞くとすぐに兵壮を率いて険要を分守し守備を戒めた。まもなく賊が至り、達嚕噶齊の莽賚(マンライ)は出戦したが一矢も発することができず、賊はさらに迫った。中立は義兵をもってこれを撃退したが、まもなく賊は再び合し、ついに捕らえられ紅衣を身に被されたが、中立が叱すると鬚髯はみな逆立った。賊は中立を蘄水へ連行し自分に従うよう屈服させようとしたが、中立は大罵し続けたので害された。
- まもなく賊はさらに信州を犯し、信州総管の于大本は土兵をもって防禦したが、賊首の項甲が東門を破って入り大本を捕らえ蘄水に連行し賊の主に俘として献じた。偽主はその縛を解き偽の印綬1組を授け官にしようとしたが、大本は印を地に投げつけ偽主を指さして痛烈に罵り、やはり害された。大本は字を徳中、密州の人、初め儒学教諭より入官したという。