元史卷一百九十四 列傳第八十一 王士元

王士元(字堯佐)

  • 王士元は字を堯佐、恩州の人。泰定4年(1327年)進士に及第、棣州判官より累遷して磁州知事となった。軍興のため餽餉の需索が日々繁くなり民は堪えられなかったが、士元は心を民力に留めて区画に努め、将士に凌辱・訶責されても避けなかった。濬州知事に改まる。州は黄河に瀕し盗賊に遭ったことがあり城堞は不完全で市井は空荒であった。士元は志を得ないことに悒々としていたが、事に臨んでは決してその素志を変えなかった。至正17年(1357年)賊が再び濬州に迫り州兵はことごとく潰散した。士元は堂上に座り、子の致微を顧みて避難させようとして「私は守臣、これは私の職である、お前は逃げて生きるべきだ」と言ったが、子は侍立し忍びずに去らなかった。賊が来て「お前は誰か」と問うと、士元は叱して「私は王知州である、賊よ私を知っているか」と言った。賊が士元を縛ろうとすると士元は拳を奮って賊を殴ったが、賊は怒りその子とともに殺した。