元史卷一百九十二 列傳第七十九 許義夫

許義夫

  • 許義夫は碭山の人。夏邑県尹となり、常に自ら郷社に赴いて民に稼穡を教え、勤謹な民には俸禄を出して賞し、怠情な者は罰した。3年の間に境内は豊足した。後に封邱県尹となり、至正4年(1344年)大飢饉に遇い盗賊が群起し州県を抄掠した。義夫は賊が近境に至ったと聞くと単馬で郊外10里まで出迎え、賊数百人に会うと「封邱県は小さく民は貧しく皆すでに驚惶し逃げ竄れている、どうか私の境には入らないでほしい」と力説した。言葉は穏やかで賊はついに他へ去り、封邱の民は難を免れた。