元史卷一百九十二 列傳第七十九 劉秉直
劉秉直(字清臣)
- 劉秉直は字を清臣、大都武清の人。至正8年(1348年)衛輝路総管となる。徭役を平らかにし教化を興し、士農工商の業を厚くし五土の利を崇め、鰥寡孤独を養った。賊が汲県の民張聚を劫し鈔1,200錠を奪って殺害したが賊は捕まらなかった。秉直は詞を具え城隍祠に祈禱し、死んだ場所に人を伺わせたところ、村民の阿蓮という者が戦慄しながら倒れ伏し、賊の姓名と居所を話した。尉に命じて襲わせると果たして賊を汴で捕らえ、その罪を正した。
- 秋7月、螟が生じ民が患ったので秉直は八蜡祠に祈禱すると虫はみな自死した。歳大いに飢え人が人を食うほどで死者は半数を超えたが、秉直は俸禄で米を出し富民を率いて粟を分け、飢えた者に食を、病者に薬を、死者には棺を与えて葬らせた。雨が降らず禾が枯れかけたので、秉直は城北の太行山蒼峪の神祠に詣で詞を具えて祈祷すると、青蛇が蜿蜒と現れ観る者が異とした。神に辞して帰る途中数里で雷雨が大いに至った。任期満了後、親の老いを理由に官を離れて侍養した。