元史卷一百七十四 列傳第六十一 瓜爾佳之竒
清廉な吏才
- 瓜爾佳之竒、字は士常。先祖は女真瓜爾佳部の出。東平で受業し中書省掾に辟され、大兵の宋討伐時に行省左右司都事となった。財用の調査で疑いをかけられたが、張弘範が「之竒は清廉だ」と弁護し免れた。江南浙西道提刑按察司事、江北淮東道を歴任し、至元19年(1282年)吏部郎中として陟降澄汰の法を定めた。旱魃時には土木の役を止めるべきと進言した。
東宮での献策と晩年
- 至元21年(1284年)左賛善大夫として裕宗に信任され、按察司と転運司の併合案に反対し実現を阻止した。李謙と共に皇太子への時政十事(正心・睦親・崇倹・幾諫・戢兵など)を上呈した。翰林直学士・吏部侍郎・侍御史を経て至元25年(1288年)母憂で去官、吏部尚書に起復されたが辞退し翌年卒。文章は簡厳で法があり、多く世に伝わった。