元史卷一百七十二 列傳第五十九 袁桷
出自と郊祀十議
- 袁桷、字は伯長、慶元の人。宋の同知枢密院事袁韶の曽孫。麗澤書院山長を経て、大徳初年、閻復・程文海・王構の推薦で翰林国史院検閲官となる。南郊創建にあたり「郊祀十議」を上奏し、天に二日なきこと、五帝は天と称すべきでないこと、祭天の名数、円丘・郊の区別、后土社の祭祀、三歳一郊の非古、燔柴の議、祭天の牛の数、郊と明堂の礼儀の違い、郊の日取り、北郊の議など十項目にわたる詳細な典礼論を展開し、礼官はこれを多く採用した。
晩年
- 応奉翰林文字同知制誥兼国史院編修官に進み、遼・金・宋三史の遺書の購求を請うた。集賢直学士、翰林直学士知制誥同修国史を経て、至治元年(1321年)侍講学士、泰定初年に辞去。詞林にあって朝廷の制冊・勲臣碑銘の多くを執筆した。著書に『易説』『春秋説』『清容居士集』。泰定4年(1327年)卒、享年61。陳留郡公に追封、諡は文清。