元史卷一百六十五 列傳第五十二 趙實喇

東川での奮戦と壮絶な最期

  • 父の任で千戸となり金符を帯びる。中統3年(1262年)東川を守り、宋将夏貴・劉雄飛・昝萬夀らとの度重なる戦闘で首級・捕虜を多数挙げ、渠江の鵞灘での戦闘では矢が左肩に刺さり抜けなかったが、元帥竒徹が生きたまま鑿で骨を割いて鏃を取り出させても神色を動じなかった。
  • 至元3年(1266年)東川路先鋒使、以後釣魚山・沙市・重慶などの攻略戦を重ね、宋将張珏の軍を破るなど功を積んだ。至元12年(1275年)重慶包囲戦で功を挙げるも病を得て瀘州へ療養に赴いた矢先に瀘州が再叛、輿に乗せられたまま出戦し従者20人とともに捕らえられ死んだ。子世顯は船橋副万戸。