元史卷一百六十五 列傳第五十二 解誠

水戦の勇将

  • 易州定興の人。宋討伐の水戦で数々の戦略で敵船を多数奪い金符水軍万戸兼都水監使となる。焦湖の戦いで戦艦300艘を得、宋の援軍を厲声で威嚇し追撃して軍餉300余斛を奪った。安豐・夀・復・泗・亳の攻略、雲南大理国攻略、鄂攻めでの戦艦1000余艘奪取などの功で金虎符を賜った。至元30年(1293年)没し、龍虎衛上将軍同知枢密院事・易国公を追封、諡は武定。子汝楫は李璮討伐・宋平定で功を重ね中書右丞・易国公を追封、諡は忠毅。孫特爾格は広西静江府攻略・水軍招討使を経て交趾征討で功を挙げ広東道宣慰使、河南江北等処行中書省左丞・平陽郡公を追封、諡は武宣。子世英は監察御史から山南江北道僉事に至った。