元史卷一百五十 列傳第三十七 耶律阿哈
太祖への内応
- 耶律阿哈は遼の故族。金の桓州尹の孫。金の使者として太祖に謁見した際、金の武備の弛緩を進言し帰順を誓った。弟托輝を人質として遣わし、自らは軍務に参画。王汗の叛乱鎮圧に功、金人に家族を抑留されても意に介さず戦い続けた。
- 太祖建国後は先鋒として宣平・澮河の戦い、居庸関耀兵、紫荊関攻略に従軍、「好生は聖人の大徳」として殺戮を止めるよう奏した。太師行中書省事を拝し弟托輝は太傅濮国公となった。西域遠征にも従い没。享年七十三。至元十年(1273年)忠武公を追封。子孟古岱・穆蘇格爾・聶爾科。子孫は代々虎符を帯び太師・御史大夫等の職を継いだ。