繹史韓非の刑名の学(下)(韓非刑名之学(下))

前巻(韓非刑名之学・上)に続き、『韓非子』諸篇の要旨と、韓非の秦入り・李斯らによる讒言と刑死の顛末を記す。

定法篇

  • (韓非子より)申不害の「術」と商鞅の「法」のいずれが国に急務かを論じ、両者は衣食のようにどちらも欠かせないが、それぞれ単独では不十分だと説く。
  • (韓非子より)申不害は術を説きながら法を統一しなかったため韓は覇に至らず、商鞅は法を整えたが術を欠いたため秦の富強がかえって権臣(張儀・穣侯ら)に利用されたと分析する。

顕学篇

  • (韓非子より)儒家(孔子)・墨家(墨子)はそれぞれ死後に分派し、互いに「自分こそ真の孔墨だ」と主張するが、堯舜の道の真偽すら定めがたい以上、これを検証なく信じるのは愚か・詐りだと批判する。
  • (韓非子より)墨者の倹約な葬儀と儒者の厚い喪礼、漆雕氏の廉と宋栄子の寛容など、対立する主張を世主が同時に礼遇する矛盾を指摘し、実効(参験)のない学説より法を重視すべきだと説く。
  • (韓非子より)耕さぬ学者・戦わぬ侠客を「不墾の地・不使の民」と呼び、実利(耕戦)に資する者をこそ重んじるべきだと説く。

難勢篇

  • (韓非子より)慎子の「勢さえあれば賢智は不要」との説と、これに対する反論(客の議論)とを両論併記し、「賢と勢は本来矛盾しないが、桀紂のような不肖の主が勢を得れば天下は乱れる」との折衷的結論に導く。
  • (韓非子より)「抱法処勢」(法を守り勢に拠る)こそが、堯舜のような聖人を待たずとも治世を実現しうる現実的な道であると説く。

備内篇

  • (韓非子より)人主の患いは人を信じすぎることにあるとし、妻子・寵姫でさえ利害によって君主の死を望みうると説く。
  • (韓非子より)君主は疑わしい兆候を常に観察し、後宮・大臣らの間の権勢の偏りを許してはならないと戒める。

南面篇

  • (韓非子より)君主が臣下に権限を委ねすぎれば、任せた臣とそうでない臣の双方に振り回されると説き、名分を明らかにして臣の言行を検証する(形名参同)ことの重要性を説く。

説林(上・下)

  • (韓非子より)短い寓話・故事を数十例並べ、人の言動の裏にある利害・打算を読み解く。「桀は酒色で天下を亡ぼした」「鄭人が靴の寸法を測って忘れる」「郢書燕説(意図せぬ深読み)」などの著名な寓話を含む。

内儲説上・七術

  • (韓非子より)君主が臣下を統御する七つの術(衆端参観・必罰明威・信賞尽能・一聴責下・疑詔詭使・挟知而問・倒言反事)を、それぞれ具体的な故事を添えて説く。
  • 代表例として、龐敬・戴驩・商太宰らが、些細な言動から臣下の不正を見抜いた逸話を多数収める。

内儲説下・六微

  • (韓非子より)君主が見落としやすい六つの機微(権借在下・利異外借・託於似類・利害有反・参疑内事・敵国廃置)を、晋の驪姫の讒言や斉の田常の簒奪などの史実を交えて説く。

外儲説左上・左下

  • (韓非子より)「言葉の巧拙より実効を重んじよ」との趣旨のもと、棘の先に猿を彫るという詐術(宋人の話)や、范且・虞慶の空理空論が実際には家を壊し弓を折った寓話などを多数収める。
  • (韓非子より)小さな信を積み重ねてこそ大きな信が立つとし、晋の文公が原の攻城を約束通り切り上げた故事などを引く。

外儲説右上・右下

  • (韓非子より)君主が臣下を統御する三つの勢(賞罰の勢)について論じ、太公望が姦臣狂矞を誅した故事などを引く。
  • (韓非子より)造父・王良の御術に喩え、権限を臣下と共有すれば馬車のように統制が利かなくなると説く(田成恒が「圃池」を使って民心を得た寓話、司城子罕が刑罰権を得て宋君を弑した寓話などを含む)。

守道篇

  • (韓非子より)聖王の立法は、賞は善を勧めるに足り、威は暴を制するに足るものとし、法度を明らかにすることで盗跖のような者すら正道に留めうると説く。

用人篇

  • (韓非子より)天に循い人に順って賞罰を明らかにすることが用人の要諦であるとし、法術を捨てて心のみで治めれば堯でさえ一国も治められないと説く。

功名篇

  • (韓非子より)明君が功名を立てる四要素(天時・人心・技能・勢位)を挙げ、材があっても勢がなければ不肖者すら制せないとする(高山の上の木材の喩え)。

大体篇

  • (韓非子より)大局を全うする者は、智を弄さず私を交えず、法術に治乱を委ね賞罰に是非を委ねるとし、至安の世には「法は朝露の如く」淡々と行われると説く。

六反篇

  • (韓非子より)死を恐れる者・法を破る学者・遊食の民・詐術の弁士・暴力の徒・姦を匿う者の「六民」が世に尊ばれる一方、節義に殉じる者・法に従う者・勤労の民・篤実な者・上を敬う者・姦を挫く者の「六民」が賎しめられる転倒(六反)を批判する。
  • (韓非子より)「母の愛は父に勝るが、母の令は父の十分の一も行われない」の喩えで、慈愛だけでは治まらず、威厳(法)こそが実効をもたらすと説く。
  • (韓非子より)「重刑は罪人のためではなく、明主の法の物差しである」とし、軽い刑罰はかえって民を法網に誘い込む「陥穽」になると論じる。

八説篇

  • (韓非子より)私情による美徳(不棄・仁人・君子・有行・有侠・高傲・剛材・得民)の八つの評判が、実は君主の公利を損なうものだと批判する。
  • (韓非子より)「規に摩れあり水に波あり」との言葉で、完全無欠な法などありえず、実利を秤にかけて法を運用すべきだと説く。

八経篇(続)・その他

  • 前巻の八経篇の続きとして、心術(人主の心の使い方)や、臣下の言を審査する術についてさらに敷衍する記述を収める。

初見秦篇

  • (韓非子より・史記も引用)韓非が秦王に上呈したとされる文(初見秦)。合従策の危険性を説き、秦が幾度も勝機を逃したのは謀臣の拙さによると批判し、秦の武力をもってすれば天下統一は難しくないと説く(戦国策では張儀の言葉とする異伝がある旨、注記)。

存韓篇

  • (韓非子より)韓は長年秦に忠実に仕えてきたとし、秦が韓を攻めることは趙を利するだけだと説き、韓の存続を秦王に訴える。
  • 李斯はこれに反論し、韓は秦の腹心の病であるとして、韓非の弁舌を「淫説」「盗心」と批判する上書を行う。

姚賈の弁明(戦国策より)

  • 秦の四国連合への対策として姚賈が外交で功を挙げるが、韓非は姚賈の出自(監門の子、大盗の疑い)を挙げて讒言する。姚賈は太公望・管仲・百里奚らも卑賤の出自であったと反論し、秦王の信任を得る。

韓非の最期(史記より)

  • 秦王は韓非の著作(孤憤・五蠹)を読んで感服し、韓非を招くが、李斯・姚賈は「韓非は結局は韓のために動く」と讒言し、獄に下して毒殺させる。
  • 韓非は自ら弁明しようとするも果たせず、秦王も後に悔いたが間に合わなかった。
  • 太史公(司馬遷)は、老子・荘子・申子・韓非をともに「道徳」に根ざすとしつつ、韓非の学は「慘礉(厳酷)にして恩少なし」と評す。