繹史荀子の著書(下)(荀子著書(下))

礼論

  • (荀子より)礼の起源は、人の欲望が無制限であれば争乱を招くため、先王が礼義を制定して分限を定め、欲望と物資を釣り合わせたことにあるとする。
  • (荀子より)礼には三本(天地・先祖・君師)があり、天地は生の本、先祖は種族の本、君師は治の本であるとする。
  • (荀子より)天子の郊祭、諸侯の社祭など、身分に応じた祭祀の等差を礼の具体的表れとして説明する。
  • (荀子より)礼は生死を貫いて人の道を全うするものであり、始めを敬い終わりを慎むことが君子の道であるとする。厚葬・薄葬いずれも礼の中道を失えば非とする。
  • (荀子より)喪礼は生者の情によって死者を飾るものであり、「事死は生に象る」として、副葬品なども実際には用いない形だけのものにすることで、生者への配慮を示すと説く。
  • (荀子より)君主の喪に三年の礼を用いる理由を、君は民の父母であり、養育・教化の恩がことのほか大きいためだと説く。
  • (荀子より)祭祀は志意思慕の情の表れであり、忠信愛敬の極みであるとして、士君子はこれを人の道として行い、庶民は鬼事として行うとする。

正論

  • (荀子より)「主道は周(秘匿)を利とす」という俗説を否定し、君主は明白であること(宣・明)を良しとし、隠すこと(幽・周)を悪とする。上が明らかであれば下は親しみ安んじ、上が幽ならば下は疑い畏れると説く。
  • (荀子より)「治古に肉刑無く象刑あり」という俗説も否定し、刑罰は罪の軽重に応じて用いるべきで、治世には刑を重くし、乱世には刑が軽くなる(刑は世により軽重す)と説く。
  • (荀子より)湯武が天下の禁令に服さない者(楚越)を制しきれなかったという批判に対し、遠方の民族には別の礼制(要服・荒服など)を用いるのが王者の常道であると反論する。
  • (荀子より)「堯舜は天下を禅譲した」という俗説を否定し、聖王は勢位の絶頂にあって譲る相手がなく、また徳による自然な継承(聖が後にあれば禅譲は起こらない)が本質だとする。
  • (荀子より)「太古は薄葬で盗掘されなかった」という説を否定し、盗掘の有無は葬の厚薄ではなく世の治乱・風俗の善悪によるとする。

彊国

  • (荀子より)刀剣も砥礪を経てはじめて鋭利になるように、国家も教化・統一を経てはじめて強くなるとする。人の運命は天にあり、国の運命は礼にあると説く。
  • (荀子より)君主が礼を尊び賢を尊べば王となり、法を重んじ民を愛せば覇となり、利を好み詐を多くすれば危うい、と三段階の統治類型を示す。
  • (荀子より)道徳の威・暴察の威・狂妄の威の三種を区別し、道徳の威こそ安泰と強盛をもたらすとする。
  • (荀子より)李斯(応侯の問い)に答えて秦の国情を評し、地形の険固・民風の質朴・官吏の恭謹・士大夫の公正など長所を認めつつ、「儒(王者の道)を欠く」ため覇にとどまり王たりえないと論じる。

富国

  • (荀子より)人は群居する存在であり、分(身分・職分の区別)がなければ争いが生じるとし、分によって秩序立てる(明分使群)ことを富国の要とする。
  • (荀子より)節用(浪費を慎む)と裕民(民を富ませる)とを富国の道の両輪とし、民が富めば国も富むとする。
  • (荀子より)墨子の「非楽」「節用」思想を、天下の物資不足を過度に恐れる誤った憂いだと批判し、聖王が礼楽・賞罰を整えることでこそ万物が調和し豊かになると説く。
  • (荀子より)「刻を求めず万物の理に順う」という考えのもと、田野を耕し倉廩を実らせる仁人・賢相の政治こそ、天下を凶年から救うとする。

議兵

  • (荀子より)臨武君との論争。臨武君は「兵は勢利を貴び、変詐を用いる」と説くが、荀卿は「兵の要は民に善く附くことにあり、仁人の兵は詐りえない」と反論する。
  • (荀子より)仁義の兵は上下一心で堅固であり、暴国の民さえ味方につくため、桀紂のような無道の君を誅するのは容易であるとする。
  • (荀子より)諸国の兵制(斉の技撃、魏の武卒、秦の鋭士)を比較し、いずれも利や賞に釣られる「盗兵」に過ぎず、桓文の節制、さらに湯武の仁義の兵にはかなわないと序列づける。
  • (荀子より)将たる者の心得として「知は疑いを棄てるを大とし、行いは過ちなきを大とす」等、六術・五権・三至を説く。
  • (荀子より)王者の軍制は、降伏者を殺さず、老幼を害さず、城を屠らず民を安んじることを旨とすると説く。

大略

  • (荀子より)君主は礼を隆んで賢を尊べば王となり、法を重んじ民を愛せば覇となり、利を好み詐を多くすれば国が危うくなる、との命題を繰り返し強調する。
  • (荀子より)礼の細目(外屏・内屏、諸侯の召しへの応じ方、聘問の礼器の使い分けなど)を列挙し、上下の秩序を明示する。
  • (荀子より)文王・武王・周公の刑罰運用の変遷を例に、時勢に応じた政治の緩急を説く。
  • (荀子より)「上好利すれば民は死に至るまで利を争う」として、上に立つ者の欲望が民風を左右することを戒める。
  • (荀子より)詩・書・礼・楽など経学修養の要諦や、士君子の日常の心構え(学問に飽きず、善を蓄積すること)を説く。

成相(韻文体の政治訓戒)

  • (荀子より)「成相」という民間歌謡の形式を借り、聖王(堯舜禹湯)の事跡と、暗君・姦臣による亡国の例(紂と飛廉・悪来、幽厲の乱)とを対比させながら、賢を用いることの大切さを説く韻文。
  • (荀子より)法度・信賞必罰・君臣分職などの為政の要諦を、口誦しやすい韻律に載せて説く。
  • (書中注)末尾に付された「周祝」(逸周書)は本篇に類する古詩とされ、天地・時勢の理を説く難解な韻文として参考までに附載される。

賦篇(隠語詩五篇)

  • (荀子より)「礼」「知」「雲」「蚕」「箴(針)」を題材に、その特質を謎かけ風に詠んだ五つの賦(隠し題の詩)。答えを明示せず特徴を列挙し、最後に王が正解を言い当てる形式をとる。
  • (荀子より)末尾に「佹詩」(人の世の乱れを嘆く詩)を付し、天地が転倒し、賢愚が逆転した乱世を憂える内容を歌う。

附録(戦国策・鼎録より)

  • (戦国策より)春申君の食客が「孫子(荀卿)ほどの賢人を粗略に扱うのは不利益」と説いたが容れられず、荀卿は趙へ去った逸話、また別の食客が翻意を促し、荀卿が再び招かれた経緯を記す。
  • (鼎録より)荀況が嵩渓で兵法を刻んだ大鼎を鋳造したという伝承を付記する。