- 履歴: 経伝には直接見えないが、春秋時代の人物・国にまつわる逸話を諸子百家・史書から広く集めた雑纂の項目。末尾に編者の凡例が付される。
亡国からの再起と為政の教訓
- (新書より)宋の昭公は追放の途上で自らの過ちを悟り、質素な生活と学問に励んで二年で名声を得、宋人に迎えられて復位し、賢君と称された。
- (禮記より)邾婁の定公は、臣下が父を弑した事件に接し、古の法(弑逆の罪は連座で処罰する)を自ら断じた。
- (呂氏春秋より)邾の君主は、甲を組紐で作るよう進言した公息忌を疑い、一度採用した政策を人の讒言で撤回してしまった。
- (説苑より)単快は国を滅ぼす「五寒」(外征への傾倒、女色、謀の漏洩、卿士の軽視、内政の疎かさ)を説き、石讎は油断による亡国の諸条件を列挙した。
- (呂氏春秋より)鄭の君が「諫言を聞かず道を行わなければ君主に仕えぬ」という被瞻の義を問い、その死なずして去る生き方を賢しとした。
- (説苑より)楚の令尹の後継を巡り、屈春への評価が語られた(原文に欠損あり)。虞の君と盆成子の問答では、老いる前に技を磨く重要性が説かれた。
- (説苑より)晋楚の会盟に赴いた宋の使者は、大国の威圧にも屈せず、周室の礼を根拠に堂々と振る舞い、諸大夫を驚かせた。
忠孝と信義に殉じた人々
- (禮記より)邾婁考公の喪に徐の使者容居が弔問に訪れ、先祖伝来の礼を守って侯玉を進めた故事が語られる。
- (説苑より)伯俞は母に笞打たれて泣き、「母の力が衰えて痛みを感じなくなったため」と答え、親の老いを悲しんだ。
- (論衡より)衛の献公の太子は、車輪に蛇が巻きつく吉兆を見ても私欲のために拝礼せず、忠孝の道を貫いて自刃した。
- (列子より)柱厲叔は自分を知らなかった莒の敖公のために死をもって殉じ、「知られなかったからこそ、後世の主君を戒めるために死ぬ」と語った。
- (韓詩外傳より)卞荘子は母の生前は敗戦を重ねたが、母の死後は戦場で連続して敵将を討ち、最後は壮絶に戦死した。孔子門下はその孝と節義の両立を評した。
- (新序より)申徒狄は世に容れられず黄河に身を投げ、桀・紂に殺された忠臣の例を引いて自らの決意を語った。呉の張胥鄙と譚夫吾は互いの義を全うするために相次いで命を絶った。
節義と潔さの逸話
- (呂氏春秋より)斉の荘公の臣・賓卑聚は、夢で受けた恥辱を雪ぐため三か月立ち尽くした末に自害した。戎夷は寒夜に弟子へ衣を譲り、自らは凍死した。
- (列士傳より)羊角哀と左伯桃は互いのために一人が命を捨て、残った角哀は死後も友の仇に応じて自刃した。
- (韓詩外傳より)南假子は、君子は高い理想に自らを比するべきだと語り、卑俗な行いを戒めた。
貞節の女性たち
- (列女傳より)斉の孝公に嫁いだ孟姫は礼を尽くし、車の事故の際にも礼にかなわぬ形での帰宅を拒み自ら命を絶とうとした。衛の宣夫人は夫の死後も貞節を守り続けた。臧文仲の母は息子の危機を予見して助言し、斉に拘束された文仲を救った。陶答子の妻は夫の不正を見抜いて先に身を引き、後に夫は罪に問われた。宋の鮑蘇の妻・女宗は夫の不実にも動じず貞節を貫き、その名を表彰された。
倹約と勤勉の教え
- (荘子より)叔文は莒の宰相を三年務めて富を得たが、母は紡績をやめず「学ばぬ者は博打を好み、働かぬ者は盗みを好む」と戒めた。
- (禮記より)顔丁の喪の作法、古の貴賎皆杖を用いた礼、成子高が自らのために不食の地に葬られることを望んだ話、国子高の葬礼論、陳乾昔が殉葬を子に命じたが兄弟がこれを拒んだ話など、喪礼にまつわる複数の逸話が集められている。
巧みの技と占いの逸話
- (闕子より)宋の景公に仕えた弓工は、九年をかけて弓を完成させた直後に精魂尽きて死んだ。
- (論衡・尸子・淮南子・荘子より)養由基の百発百中の弓術、荊荘王・楚王にまつわる射術の逸話、呉王が狙(猿)を射た故事などが集められる。
- (韓非子より)伯楽が弟子に踶馬(後ろ足で蹴る馬)の見分け方を教えた話、千里の馬と駑馬それぞれの鑑定を弟子に教え分けた話が引かれる。
- (論衡・風俗通・世本・述異記より)魯般(公輸般)が木製の車馬や鶴、石亀、木蘭の舟などを作った数々の伝説が集められる。
- (列子より)詹何は細い糸と針で大魚を釣り上げ、心を専らにすることの重要性を楚王に説いた。
- (呂氏春秋より)宋元王の結び目(閉)を解けた者はいなかったが、児説の弟子が「解けないと知って解かない」ことも一つの解法であると論じた。
- (列子より)宋の蘭子は剣や玉を操る妙技を披露して元君に用いられたが、後から来た芸人は用いられず罰せられた。
- (荘子より)宋元君の前で衣を脱いで悠然と構えた画家こそが「真の画家」と評された。
- (荘子・史記より)宋元君が神亀の夢を見て、漁師の網にかかった白亀を献上させ、衛平の勧めに従って占いに用いた長大な物語が引かれ、亀の霊験と限界(自らの捕縛は避けられなかったこと)が説かれる。
神仙・鬼神の逸話
- (列仙傳より)江妃の二女が鄭交甫に佩玉を与え、忽然と姿を消した故事が語られる。
- (墨子より)宋の文君の臣・觀辜が祭祀を怠って神に罰せられた話、斉の荘君の訴訟で羊が偽証者を突き殺した話、燕の簡公に無実の罪で殺された荘子儀が死後に君主を打ち殺した話など、鬼神が不義を罰する逸話が集められる。
- (説苑より)隨侯が傷ついた大蛇を助け、後に蛇が明珠(随珠)を銜えて恩に報いた伝説が引かれる。
編者按
- (編者按)本項に集めた諸事は、経伝には見えないが強引に付会すべきでないものを、斉王の「鶏の足を食べる」故事に倣い、参考として書き留めたものである。