繹史原伯絞・甘悼公(原伯絞 甘悼公)
- 履歴: 原伯絞は周の卿。輿臣を虐待して国人に追放された。甘悼公は甘簡公の弟過であり、簡公亡き後に立てられたが、成・景の一族に賄賂を受けた劉献公一派に殺害された。
原伯絞の追放(左傳より)
- 昭公十二年、周の原伯絞はその輿臣を虐待し、曹を逃亡させた。冬十月壬申朔、原の国人が絞を追放して公子跪尋を立てた。絞は郊へ逃れた。
甘悼公の殺害(左傳より)
- 甘簡公には子がなく、弟の過を後継に立てようとした。過は成・景の一族を排除しようとしたため、成・景の一族は劉献公に賄賂を贈った。丙申、甘悼公(過)が殺され、成公の孫の鰌が立てられた。
- 丁酉、殺された者は献大子の傅庾皮の子過のほか、瑕辛(市で殺害)、宮嬖綽、王孫没、劉州鳩、陰忌、老陽子であった。