繹史王制(王制)
『禮記』「王制」篇より、爵位・封地・官制・田制など、周王朝が定めたとされる統治制度の細目を集める。
爵位と官職の階級
- (禮記「王制」より)諸侯の爵位は公・侯・伯・子・男の五等、諸侯国内の臣は卿・上大夫・下大夫・上士・中士・下士の五等とする。天子には三公・九卿・二十七大夫・八十一元士を置き、大国・次国・小国それぞれで卿の人数や天子による任命の有無が異なると定める。
- (禮記「王制」より)命数(爵位の格)は三公が一命の卷(袞衣)を基本とし、加賜があっても九命を超えず、大国の君は七命、小国の君は五命を上限とするなど、身分ごとの上限が細かく規定される。
封地の広さと田制
- (禮記「王制」より)天子の田は方千里、公・侯は方百里、伯は七十里、子・男は五十里とし、これに満たない者は「附庸」として諸侯に属させる。天子の三公・卿・大夫・元士もそれぞれ公侯・伯・子男・附庸に準じた田を与えられるとする。
- (禮記「王制」より)農地百畝の収穫は農夫の技量により養える人数が異なり(上農夫は九人、下農夫は五人)、諸侯の下士の禄はこれに準じるなど、禄と農業生産力を対応させる原則を述べる。公田は籍(労役による耕作)で税を取らず、市も関も課税せず、山林川沢も時期を守れば自由に利用できるとする。
- (禮記「王制」より)九州・州ごとの封国数、天子の県内における封国数、方伯・州伯などの統治階層(五国で属、十国で連、三十国で卒、二百十国で州とする)を数値で示し、天下を左右二伯が分治する制度を述べる。方里ごとの田の広さの換算(一里四方が九百畝、百里四方が九十億畝など)や、周代の尺と当時(漢代)の尺との換算も付記される。
官の俸禄と監察の制
- (禮記「王制」より)諸侯の下士から君に至るまでの俸禄が養える人数で示され(下士九人、卿二百八十八人、君二千八百八十人など)、次国・小国ではこれより少ない基準が定められる。
- (禮記「王制」より)天子は大夫を「三監」として方伯の国に派遣し監督させ、その禄は諸侯の卿に準じるとする。諸侯の世子は国を継ぐが、大夫は爵位を世襲せず、徳と功によって任用されるという原則も述べられる。