大唐西域記藍摩國

  • 要旨: 藍摩国は釈迦の舎利を納めた仏塔が龍によって守られ、無憂王でさえ手を出せなかったという伝承を持つ国と記す。

地理と現状

  • 長年荒廃が進み、境界も定かでなく人口も少ないとする。

仏舎利塔

  • 故城東南の煉瓦造りの仏塔は、釈迦入滅後にこの国の先王が分配された舎利を納めたものとし、しばしば神光を放つ霊験があるとする。
  • 塔の傍らの池に住む龍が蛇の姿でこの塔を守っており、無憂王が各地の舎利塔を開いて舎利を再分配しようとした際、この国だけは龍が婆羅門に化けて王を龍宮に招き、「人間界にない供養具ばかりで恐れ多い」と諭したため、王は開封を断念したという逸話を記す。

沙弥伽藍

  • 塔の傍らの伽藍は僧徒が少なく、慣例で沙弥が寺務を統括するとし、その由来として、群象が塔に花を供える様子に感動したある比丘が自ら還俗して一人この地に留まり、生涯を捧げて塔を守ったことから、近隣諸国の王がこの地に伽藍を建てて彼を寺務の長に推挙し、以後沙弥が寺務を統べる慣わしが続いているという経緯を記す。

太子が衣を脱ぎ髪を剃った場所

  • 沙弥伽藍東の無憂王建立の仏塔は、出城した太子がここで宝飾を外し従者を帰した場所とし、「これが束縛から解き放たれた最後の地」だと太子が語ったという伝承を記す。
  • 傍らには太子が贍部樹の下で衣を鹿皮の衣に交換した場所(浄居天が猟師に化けて交換に応じたとする)や、太子が自ら髪を剃った場所(浄居天が理髪師に化けて手伝ったとする)が伝わるとする(出家の時期についても諸説あると注記)。

灰炭塔

  • さらに東の尼拘戸陀林の仏塔は、釈迦の舎利分配にあずかれなかった婆羅門たちが荼毘の灰と炭を持ち帰って建てたものとし、病人の治癒祈願の場として知られるとする。