大宋中興通俗演義第二十九回 兀朮の兵、和尚原に侵攻する (兀朮兵寇和尚原)

曲端の獄死

  • かつて曲端に鞭打たれた武臣康隨は、王庶の勧めで恭州提点刑獄に任じられ、曲端を厳しく拷問した。曲端は反逆を認めず「皇天后土可鑒此心」と叫び続けたが、康隨は水と偽り酒を飲ませ、曲端は七孔から血を流して絶命した。
  • 陝西の士大夫は曲端の功績を惜しみ痛惜、軍士にも動揺が広がった。張濬は事の次第を知って後悔し、康隨を処刑させた。
  • 吳玠は自らも曲端弾劾に関わったことから禍を恐れ、金軍への備えとして和尚原への出屯を願い出た。

和尚原での攻防・鳳翔の民の助力

  • 兀朮の大軍が興元府へ向かうとの報を受け、張濬は吳玠を和尚原へ送った。部将安雄の撤退進言を退け、吳玠は堅守と鳳翔の民への恩義による内応工作を選んだ。
  • 安雄が鳳翔に赴き、恩恵と誠意を示すと、鳳翔の民は感激し、夜ごと吳玠に糧秣(二千余斛)を運んだ。金軍はこれを知り渭河に伏兵を置くなどして妨害したが、民は禁を冒しても運び続けた。

烏魯折合・沒立を撃破

  • 兀朮は鳳翔民が情報を漏らすことを恐れ、沒立と烏魯折合の二軍を和尚原へ差し向けさせた。
  • 吳玠は湯威に誘引させ、烏魯折合を峪中で伏撃、副将孛堇哈哩を斬り大勝した。烏魯折合は馬を捨てて敗走した。
  • 箭筈嶺を攻めた沒立も安雄の伏兵に敗れ退却。烏魯折合との合流も果たせず退いた。

兀朮自らの出陣

  • 怒った兀朮は十余万の兵を集め、渭河に浮橋を架けて和尚原に迫った。吳玠は弟吳璘と謀り、散関の険路に弓弩を伏せて敵の糧道を断つ策を立てた。
  • 両軍は和尚原で対峙。吳玠と兀朮は一騎討ちで三十合互角に渡り合い、吳璘は金の副将張漾を弓で射落とした。
  • 戦闘の最中、後方で煙が上がったとの報が入り、兀朮は宋軍が糧道を焼いたのではと驚愕する。(続く)