大宋中興通俗演義第十九回 張浚、檄を伝え苗傅を討つ (張濬傳檄討苗傅)
苗傅の赦書・檄文
- 苗傅は幼帝(明受帝)に朝見し、改元の赦書と、諸郡へ向けた事情説明の檄文を発することを奏上、許可を得た。
- 赦書は新体制の即位と大赦・善政の方針を述べる形式的な内容。
- 檄文は、苗傅が王淵の専横を除いて皇太子を擁立した経緯を正当化し、諸郡に動揺せぬよう求めるもの。
平江・江寧の疑念
- 平江の守臣湯東野は赦書を受け取ったが張濬の指示で公表を控え、続いて届いた檄文から張濬は「これは上意ではない」と見抜き、危機感を強めた。
- ちょうど張俊も檄文の偽りを察して八千の兵を率いて平江に合流し、張濬と共に討伐を誓った。
- 江寧の呂頤浩も子の呂杭と協議し、これは苗傅による兵変であると断じ、張濬に使者を送って連携を確認。両者は起兵の日取りを約し、劉光世にも協力を求めた。
韓世忠の参陣
- 海路で行在へ向かっていた韓世忠も赦書・檄文で異変を知り、張俊の報せを受けて平江に急行、張濬と誓いを新たにした。
- 韓世忠は先発して秀州に至り、糧道を扼するため病と称して進軍を止めつつ、密かに戦備を整えた。
苗傅の懐柔策と失敗
- 苗傅らは韓世忠の動きに焦り、劉正彥の献策で世忠の妻子を人質に取ろうとしたが、朱勝非が「かえって世忠の怒りを買う」と諫め、逆に世忠の妻子を丁重に秀州へ送り出させた。これにより世忠は勝非への信頼を深めた。
張濬、苗傅を弾劾する檄
- 張濬は苗傅に書を送り、廃立が大逆の罪に当たること、諸郡が挙兵して天子を正すべき道理を説いた。苗傅・劉正彥はこれを見て動揺した。
- 苗傅は弟の苗翊と馬柔吉に精兵一万を与えて臨平を守らせ、さらに韓世忠・張俊に謀反の疑いをかけて節度使剥奪を帝に強要した。
- 劉光世も合流し、諸鎮の兵が平江に集結。張濬は苗傅・劉正彥の大逆の罪を数えあげた討伐の檄文を天下に布告し、諸軍に決起を呼びかけた。
進軍開始
- 韓世忠を前軍、張俊を副として先鋒とし、劉光世を遊軍、張濬・呂頤浩が中軍を率いる編成で、大軍は平江を発して杭州へと進んだ。