隋唐演義第九十八回 錦の靴下を遺し老嫗は銭を得、雨鈴の音を聴いて楽工は曲を作る (遺錦襪老嫗獲錢  聽雨鈴樂工度曲)

上皇の梅妃探索と再会

(詞:亡き人の遺した装身具に人々が驚喜する様、帰路の雨音に往時を偲び悲しみに沈む心情を詠む)

蜀にいた上皇は、梅妃が死んだと誤信し方士に魂魄を探させたが果たせず、代わりに梅妃の肖像画に詩を添えて偲んでいた。後に梅妃生存の噂を得て捜索の詔を出していた矢先、羅采らの奏上が届き、梅妃自身の詳細な手記(これまでの経緯を綴った上疏)も上皇の元に届いた。上皇はこれに深く心を動かされ、温かい返書を送った。

上皇の帰京

上皇は鳳翔で武装を解いて帰京し、粛宗が盛大に出迎えた。皇位を返上しようとする粛宗を上皇は退け、太上皇として興慶宮に落ち着くこととなった。梅妃は正式に上皇の元へ戻り、感激の対面を果たす。上皇は張果の妻に救われた経緯や葉法善の贈った仙梅について梅妃から詳しく聞き、羅采・羅素姑への褒賞、達奚盈盈への虢国夫人旧宅の下賜などを取り計らった。

楊貴妃の遺物

上皇は密かに高力士に命じて楊貴妃の遺骸の改葬を試み、腐敗した遺骸の中に残っていた香嚢を得た。また、駅卒の母・銭媽媽が拾って評判となっていた楊貴妃の遺した錦の靴下(藕履)も買い取らせ、これらの遺品を眺めては悲しみに沈んだ。

雨淋鈴の由来

上皇は勤政楼で往時を偲び歌うが、梨園の名手黄幡綽は既に病没しており、代わりに張野狐と李謨がその音楽の腕を披露した。蜀からの帰途、雨中の鈴の音に触発されて作られた「雨淋鈴曲」の由来(黄幡綽の機知に富んだ冗談も交えて)が語られる。