隋唐演義第八十七回 雪衣女は経を誦して得度し、赤心児は主をあざむき威を振るう (雪衣女誦經得度 赤心兒欺主作威)
楊国忠の専権と風流陣の遊び
(詞:生死は逃れがたく鳥ですら因果を免れないこと、養子(安禄山)の驕慢を諷する)
楊国忠が権勢を恣にする様子を見た進士張彖が「楊氏は泰山ではなく氷山、日が昇れば頼るものを失う」と喝破し隠棲した逸話が語られる。玄宗は太平を信じきり、楊貴妃はますます驕り、乗馬を習うなど贅を尽くした。宮中では「風流陣」という宮女対内侍の模擬合戦の遊びが流行し、後人はこれを不吉な前兆として詩に詠んでいる。骰子遊びで玄宗が「重四」を出して勝った故事から、骰子の四の目に紅を塗る習慣が始まったことも語られる。
雪衣女(白鸚鵡)の物語
安禄山が献じた白鸚鵡「雪衣女」は楊貴妃に愛され、般若心経を教えられて誦するようになった。ある日、鷂に襲われかけて以来経文を熱心に唱えるようになり、三日後「経の功徳で皮毛を脱し浄土に生まれ変わる」と告げて息絶えた。楊貴妃は深く悲しみ、鸚鵡塚を築いて弔った。玄宗もこれに感じ入り、宮中の鸚鵡を全て放免した。楊貴妃の哀切な涙顔を真似た宮女たちの間で「涙粧」が流行したが、識者はこれを不吉な前兆と見た。
安禄山の「献馬」と謀反への疑い
安禄山は楊貴妃・虢国夫人への未練から反乱の機をうかがっていたが、楊国忠が挑発する中、多数の護送兵を伴う「献馬」の上表を行った。楊国忠はこれを謀反の兆候として警戒を訴えたが、玄宗は取り合わなかった。河南尹達奚珣(達奚盈盈の一族)の密奏を受け、玄宗は思案する中、高力士が輔繆琳の安禄山との内通・収賄を告発した。輔繆琳は詔書偽造や採辦不正の名目で処刑された。
玄宗は安禄山への献馬を思いとどまらせる勅使を送ったが、安禄山は驕慢な態度で使者を迎え、無礼な言葉を返した。この報告を受けた玄宗は激しく動揺し、ようやく安禄山の謀反の兆候を認識するようになった。