隋唐演義第八十六回 長生殿で夜半に密かに盟いを結び、勤政楼で夜通し歓宴を催す (長生殿半夜私盟 勤政樓通宵歡宴)
安禄山懐柔策の頓挫
(詞:長生殿での深夜の誓いと、勤政楼での終夜の宴を詠み、君王が政を怠る様を暗示する)
誓願は正邪を問わず必ず成るものではないとの前置きから、玄宗が安禄山の勢力を疑い始める経緯が語られる。韋見素は安禄山を平章事として召し入れ兵権を解く策を献じたが、楊貴妃は召還がかえって疑懼を招くとして中使を派遣し様子を見ることを提案した。派遣された輔繆琳は安禄山の賄賂を受けて「忠誠に二心なし」と偽り復命し、玄宗はこれを信じて疑いを解いてしまった。
華清宮の奢侈と楊貴妃の寵愛
玄宗は安穏を決め込み、華清宮に多くの温泉を設け、楊貴妃ら妃嬪と遊興にふけった。楊貴妃の肥満・多汗・歯痛といった逸話が語られ、玄宗の溺愛ぶりが強調される。
長生殿の誓い
天宝十載の七夕の夜、驪山の長生殿で玄宗と楊貴妃は二人きりで夜を過ごし、牽牛織女の故事にちなみ「生生世世、永遠に夫婦たらん」との誓いを立てた(白居易「長恨歌」に詠まれる場面)。後人はこの誓いを、皇后を廃した過去や安禄山との密通を暗示して諷刺する詩を残している。
合歓柑橘の祥瑞と勤政楼の宴
蓬萊宮の柑橘が実り、中に合歓(双子)の実があったことを瑞祥として楊国忠らが上表し祝賀した。玄宗はこれを喜び、民に酒食を賜り勤政楼で大宴を催した。教坊の王大娘の「舞竿」の妙技、神童劉晏の機知に富んだ受け答え(「朋」の字が正されていないという諷諭)が披露され、玄宗はいたく感心した。
夜には花灯の下、群衆の喧騒を鎮めるため、笛の名手李謨に演奏させ、その音色で万人を静まらせた。玄宗自身も音律に通じ、楊貴妃と共に自作の曲「春光好」や、夢で仙女から授かったという「紫雲回」の由来などが語られる。李謨がその曲を偶然聞き覚えて演奏していたことが判明し、梨園の長に取り立てられた。宴は終夜続き、回は「楼上で楽しみに耽り、政を勤めることはなかった」との皮肉な一句で締めくくられる。