隋唐演義第八十五回 羅公遠はあらかじめ蜀への帰還を予言し、安禄山は異民族の将兵の登用を願い出る (羅公遠預寄蜀當歸  安祿山請用番將士)

羅公遠の登場

(詞:仙客が天子に薬名を寄せて暗示を与えるが、君王は気づかず危機を忘れることを詠む)

天子たる者は貪・瞋・癡を戒めるべきという前置きから、少年のような容貌で神通を持つ方士羅公遠が語られる。鄂州で日照りの際、水府の龍神に硯の墨水を雨に変えさせて旱魃を救った逸話により評判を得て、京に召された。

張果・葉法善との交流と帰山

羅公遠は張果・葉法善と技を競い、二人が隠した棋子の数を言い当てて驚かせた。玄宗の厚遇を受けたが、まもなく張果・葉法善は帰山を願い出て許され、賜り物を一切受けずに去った。

月宮遊覧と隠身法

以後羅公遠が玄宗に重用された。中秋の夜、公遠は桂の枝と如意で作った幻の輿と白鹿で玄宗を月宮近くまで案内し、霓裳羽衣曲の音を聞かせたが、嫦娥との対面は望みが過ぎるとして戒めた。玄宗が興味を持った隠身法を公遠に教えを乞うたが、公遠は天子が学ぶべきものでないと諫めた上でやむなく伝授した。しかし玄宗の術は不完全で、衣冠の一部が見えてしまい失敗し、恥をかいた玄宗は不機嫌になった。

羅公遠の処刑と復活の予言

李林甫の妻や秦国夫人の病について、公遠は「寿命が尽きている、救えない」と正直に告げたため恨みを買い、楊貴妃・楊国忠・李林甫の讒言により玄宗は激怒し、公遠を斬首させた。公遠は従容として刑に就き、首から青い気が立ち上るのみで血は流れなかった。玄宗はすぐに後悔したが遅く、七日後には予言通り秦国夫人が死去した。

蜀当帰の暗示

玄宗は張果・葉法善の消息を尋ねさせたが、張果は既に揚州で示寂しており、葉法善の行方も知れなかった。使者の輔繆琳は蜀の道中で羅公遠(実は生きていた)に出会い、玄宗への言伝として「安莫忘危」の四字と「蜀当帰」という薬物を託された。これは「安(禄山)を忘れるな、危うきに備えよ」「(安禄山を)当然帰すべし」との暗示であったが、玄宗はこれを解せず、棺を開けさせると遺体は既に無かった。

李林甫の死と安禄山の三鎮固め

李林甫は羅公遠が生きていたと知り恐れをなし、程なく病死した。楊国忠はその死後、李林甫の生前の罪状を暴き官爵を剥奪させ、棺を暴いて家産を没収させた。楊国忠は独り宰相の権を握ったが、安禄山はこれに従わず不和を深めた。楊国忠は哥舒翰と結んで安禄山を牽制しようとし、玄宗に安禄山の謀反の疑いを訴えたが、玄宗は取り合わなかった。

楊貴妃の計らいで安禄山は召還にも応じて上京し、玄宗の信任を取り付けて事なきを得た。任地に戻った安禄山は、辺境の要害を守る漢人の将を番人の将に代えるよう上奏し、韋見素の反対を押し切って玄宗はこれを許可した。以後、安禄山は要害を掌握し、その勢いはいよいよ増していった。

評語

末尾の詩は、番人に漢地の守りを委ねてしまい、君主が奸謀を信じて忠言を退けたことを慨嘆し、後の大乱の伏線として示している。