隋唐演義第八十三回 好意の目をもって学士は英雄を見出し、赤心を信じて異民族は藩鎮となる (施青目學士識英雄 信赤心番人作藩鎮)
李白の辞官と郭子儀の救命
(詞:不遇の英雄が才人に救われ、後に乱を鎮める功を立てることを詠む)
高力士の讒言で楊貴妃に疎まれた李白は辞官を願い出て、玄宗から「閒散逍遙学士」の勅書と酒代支給の恩典を賜り、諸国を遊歴する身となった。并州に至った折、軍糧焼失の罪で処刑されようとしていた偏将郭子儀の器量を見抜き、節度使哥舒翰に助命を掛け合い、自ら上奏文を添えて助命を実現させた。郭子儀は深く感謝し、以後功を立てて栄進していく。
李林甫の専権と太子への圧迫
賀知章の致仕、李適之の失脚と自殺など、朝廷では李林甫の専権が続いた。李林甫は太子(忠王璵、高力士の進言で立てられた)を疎んじ、楊慎矜らを使嗾して韋堅・皇甫惟明を廃太子謀反の疑いで讒訴させたが、高力士の弁護で事なきを得た。さらに王忠嗣も太子擁立の陰謀に絡めて誣告されたが、哥舒翰の直言により罰は軽減され、太子は事なきを得た。
楊家の驕奢と安禄山・虢国夫人の密通
楊国忠・楊銛と韓国・虢国・秦国の三夫人は驕奢を極め、特に虢国夫人は淫蕩で知られた。楊国忠と虢国夫人はいとこでありながら私通し、安禄山も虢国夫人と密通して玉連環を贈られた。これを目撃した楊国忠は安禄山への恨みを深め、楊貴妃にも安禄山の不行跡を吹き込んで疑心を植え付けた。
「赤心」の逸話と「酥のごとし」の失言
玄宗が安禄山の太鼓腹をからかった際、安禄山は「ただ赤心あるのみ」と答え玄宗を喜ばせた(実際は野心を隠していたという皮肉が語られる)。また入浴後の楊貴妃の肌に触れた玄宗の戯言に、安禄山がうっかり「滑膩還如塞上酥(塞外の酥のように滑らかだ)」と口を滑らせる一幕があったが、玄宗は疑わず一笑に付した。楊貴妃は楊国忠の讒言もあり以後、安禄山に言動を慎むよう戒めるようになった。
安禄山の三鎮節度使就任
安禄山は李林甫の威圧と楊国忠の警戒を避けるため京を離れる機をうかがっていた折、李林甫が辺鎮に番人を用いるべしと上奏(漢人文官の宰相登用の道を断つ狙い)、楊国忠もこれに乗じて安禄山を河東節度使に推挙した。玄宗はこれを許し、安禄山は平盧・范陽・河東の三鎮節度使、東平郡王に任じられ赴任した。楊貴妃と名残を惜しみつつ別れ、李林甫からは牽制の言葉を受け、楊国忠との送別はぎこちなく終わった。任地に着いた安禄山は軍備を整え勢力を拡大し、東北一帯を掌握して驕慢の度を強めていった。
評語
後人の詩は、奸臣の一言によって異民族の将が強藩を成すこととなり、虎狼を野に放ったに等しいと嘆じ、やがて天下が覆る予兆を示している。