隋唐演義第八十回 安禄山は宮中に入り妃子に見え、高力士は街を巡り状元を探す (安祿山入宮見妃子  高力士沿街覓狀元)

安禄山の出世

(詞:野心を秘めた者が帝の寵を受け、油断させて欲を遂げようとする様を詠む)

士人の栄達は時運によるが、女の貴賎はその地位によらず品格が決まる、という前置きから、玄宗の御代に楊貴妃と密通することになる安禄山の来歴が語られる。営州の異民族出身で本姓康氏、母の再婚により安氏を名乗った安禄山は、幽州節度使張守珪に見出され養子となった。足裏の黒子が守珪と同じ吉相であることから寵愛を深め、平盧討撃使にまで昇進したが、奚・契丹討伐で独断専行し大敗、軍法により処刑されかけるも、守珪に助命され京師に送られた。安禄山は内侍への賄賂で助命を得、玄宗の信任を得て累進し、天宝二年には入朝して常侍することとなった。宮中への出入りも自由に許されるほどの寵遇であった。

白鸚鵡と楊貴妃への接近

安禄山は言葉を覚えた白鸚鵡を献上しようと苑中で玄宗・太子に遭遇し、わざと太子への礼を欠く芝居を打ち、玄宗の歓心を買った。鸚鵡の声で楊貴妃の来訪を知らされた安禄山は貴妃の前でへつらい、玄宗の戯れから貴妃の「養子」と呼ばれることになり、胡俗を口実に貴妃を先に拝む無礼も愛嬌として許された。宴席で貴妃の美貌を目にした安禄山は不埒な野心を抱き、風流で移り気な貴妃の方もまた安禄山の壮健な体格に心を動かされた。

李白の入京と落第の顛末

科挙の年、綿州の才子李白(字太白)が登場する。酒を愛し奔放な性格で「竹渓六逸」と称され隠棲していたが、湖州で州司馬呉筠に才を見出され共に上京、賀知章とも意気投合した。知章は試験官となり李白の合格を確信していたが、監督官に任じられた楊国忠・高力士は知章の依頼を賄賂の依頼と誤解し、かえって李白の答案を握りつぶした。李白は磨墨・脱靴の屈辱を受けて落第し、後日の雪辱を誓った。

秦国楨失踪事件

会試首席の秦国楨(秦叔宝の玄孫)は、殿試当日、雑踏で従者とはぐれた末、童子に導かれ達奚盈盈という美しい夫人の邸に招き入れられ、素性を隠したまま数日間もてなしを受けた。折しも新科状元が行方不明となり、高力士が市中を捜索する大騒動となっていることを知った国楨は正体を明かし、盈盈の機転で虢国夫人になぞらえた作り話を授けられて解放された。

高力士に発見された国楨は玄宗にこの作り話を奏上し、玄宗は虢国夫人が普段から少年を邸に引き入れている噂を知っていたためこれを信じて追及しなかった。国楨は兄国模と共に状元・二甲首席として瓊林宴に赴き、栄誉を受けた。

虢国夫人と玄宗の戯れ

後日、貴妃の姉である虢国夫人が宮中の宴に招かれた際、玄宗は秦国楨の一件を踏まえて「少年を邸に匿っているそうだな」と戯れに問うたところ、虢国夫人は別の色事を指摘されたと誤解し、恥じ入りつつ許しを乞うた。玄宗は笑ってその場を収めた。