隋唐演義第六十五回 趙王は龍虎関に雄拠し、周喜は鴛鴦鎮を横領する (趙王雄踞龍虎關 周喜霸佔鴛鴦鎮)
突厥における蕭后のその後
隋の蕭后は沙夫人らとともに突厥に身を寄せていたが、義成公主や側仕えの女性たちが次々と病没する中、趙王(煬帝の遺児)は成長して可汗の位を継ぎ、龍虎関を治めていた。ある秋の日、蕭后は馬丁の尤永が中国人(揚州出身)であることを知り、隋の宮女だった周夫人・樊夫人・楊夫人の消息を聞く。蕭后が尤永を夜に呼び出そうとしたところ、趙王に密通の疑いをかけられ、尤永は処刑されてしまう。
羅成、突厥へ使者に立つ
唐の命により、柴紹と羅成は吐谷渾・突厥の侵攻に対処することになる。羅成は竇線娘・花又蘭を伴い、趙王(正統可汗)のもとへ問罪の使者として赴く。緒戦で竇線娘・李如珪と趙王方の王義・薛冶児が戦うが、双方とも旧知の間柄と分かり、和議の使者として羅成が入城することになった。
蕭后との再会
趙王は羅成夫妻を丁重に迎え、蕭后・沙夫人と面会させる。蕭后は竇線娘・花又蘭の子どもたちにも会い、旧交を温める。女貞庵の四夫人の近況(それぞれ程知節・魏徴・尉遅恭に嫁いだ女性たちの縁者に養われていること)も語られる。蕭后は望郷の念から中国への帰還を望み、趙王・沙夫人らも見送ることとなった。
柴紹、吐谷渾を撃破
柴紹は五姑山に拠る吐谷渾軍と対峙し、女性の歌舞で油断させた隙に羅成の別働隊と挟撃してこれを撃破した。柴紹は蕭后の帰還を先んじて朝廷に報告し、自身は先に長安へ戻る。
臨清・鴛鴦鎮にて
帰路、蕭后一行は臨清の鴛鴦鎮に立ち寄り、宿の主人夫婦が実は隋の元宮女・楊夫人(明霞院)とその夫・周逢春であることが判明する。蕭后は隋の宮女たちの数奇な運命(病死や再婚)を聞いて感傷にふけり、旅の疲れも重なって発熱し、動けなくなってしまう。柴紹は宮中の不穏な情勢を知らせる報を受け、羅成に別れを告げて先に帰途についた。
評語
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