隋唐演義第五十四回 前の仇を解き程咬金は母に会い恩を受け、死の誓いを果たし王伯当は友のため命を捨てる (釋前仇程咬金見母受恩 踐死誓王伯當為友捐軀)
李密の不満
李密は唐に帰順したものの、期待した高位を得られず光禄卿にとどまったことに不満を抱いていた。実のところ唐主は彼の人望を利用しつつも警戒し、あえて低い地位に留めていたのだが、李密自身はそれを理解せず、屈辱と受け止めていた。
秦王の出迎えでの当てつけ
秦王が薛仁果を平定して凱旋する際、唐主は李密に「秦王を出迎えるように」と命じた。秦王は道中、部下たちに次々と自分を装わせて李密一行を戸惑わせ、最後に本物の秦王が現れると、弓を引き絞って一瞬李密を威嚇したのち、「今日のところは見逃す」と言い放って通り過ぎた。李密は面目を失い、恥辱に震えた。
唐主は秦王の凱旋を喜び、秦王は薛仁果らを処刑させた。魏徴はこのとき仮病を使い出迎えを避けていたが、秦王が見舞いに来ると本心(李密への義理立てのためらい)を告白し、秦王は寛容に接した。魏徴は秦叔宝・徐世勣がまだ来ていない事情、単雄信が既に王世充に降っていることなどを説明した。
程知節、母のもとへ
瓦崗に戻った程知節は、母がすでに秦母とともに長安へ連れ去られたことを知り、覚悟を決めて長安に向かった。秦王は威儀を整えて彼を迎え、老君堂での一件を持ち出して怒りを見せるが、程知節は悪びれず「母に会わせてくれれば首を差し出す」と豪語した。実際に母と対面させると、母たちが秦王から手厚く扱われていたことを知り、程知節は深く心を動かされ、秦王に帰順を誓った。唐主は程知節を虎翼大将軍に任じ、彼は瓦崗の旧部下(尤俊達・連巨真ら)を糾合すべく東へ向かった。
李密の逃亡と最期
一方李密は、程知節が自分に挨拶もせず官職を得て去ったことに苛立ち、王伯当や取り巻きたちと共に唐からの離反を企てた。賈潤甫は「唐主の厚遇に背けば身の破滅」と諫めるが、李密は聞き入れず斬ろうとするほど激怒した。祖君彦は独孤公主を抱き込んで密かに脱出する策を勧めるが、公主自身は李密の裏切りに強く反発し、罵倒した。それでも李密は決意を固め、王伯当ら六十余人と共に夜陰に紛れて長安を脱出した。
秦王・唐主はこれを知って激怒し、各地の関に李密捕縛の命を発した。李密一行は賈潤甫・祖君彦の一隊と、李密・王伯当の一隊に分かれて逃走するが、桃林県で略奪騒ぎを起こして地元官に通報され、熊州の総管盛彦師の伏兵に熊耳山で襲撃された。李密・王伯当は矢の雨を浴びて共に討ち死にし、首級は長安に晒された。
評語
本回には評語は付されていない。