隋唐演義第五十三回 周公を夢見て王世は魏を見限り、徐勣を捨て李玄邃は唐に帰する (夢周公王世棄絕魏  棄徐勣李立邃歸唐)

王世充への糧秣要求の顛末

賈潤甫は李靖らと別れて洛陽に赴き、王世充に糧秣の返済を求めたが、王世充は面会すら拒み、「今は自分たちも不足している、秋の収穫を待って返す」と言を左右にして応じなかった。賈潤甫は金墉に戻り、王世充が信義を欠くばかりか魏への攻撃さえ企てていると李密に報告した。李密は怒り、程知節・樊文超を先鋒に、単雄信・王当仁を第二隊、自らは王伯当・裴仁基とともに後隊として東都へ進軍した。

王世充の「周公託夢」の芝居

王世充は李密の兵力を恐れる一方、李密の宮殿が元は周公廟の跡地であったこと、糧倉の鼠害など魏側の凶事の噂を利用し、軍師桓法嗣とともに「周公が夢に現れ、廟を壊した李密を討つよう託した」という芝居を仕組んだ。兵士の一人に「周公が憑依した」と偽らせて演武場で神懸かりの真似をさせ、諸将の戦意を煽った。

木彫りの城と幻術

桓法嗣はさらに、山中で薪を採る樵夫たちを利用し、その中の一人を李密に見立てて偽って捕らえさせ、王世充に「これぞ天の助け」と信じ込ませる小細工を用いた。同時に、彪形の兵三千人に鬼の面と五色の衣装、高下駄を履かせて訓練し、木材で偽の城を築いて兵を隠した。

翠屏川の激戦

両軍は翠屏川を挟んで対陣。魏の先鋒程知節は木の城を攻めるも破れず、夜になって鄭営から炮声が続き、火が灯るのに人影が見えない罠に誘い込まれた。追撃するうち、鬼の面を被った兵に襲われ、さらに「李密が生け捕りにされた」との偽情報が流れて魏軍は混乱、樊文超は降伏を唱え、程知節は母を案じて甲冑を脱ぎ逃走した。単雄信・王当仁も奮戦するも囲まれ、単雄信は鉤鎌槍で馬を引き倒されて降伏した。

李密自身も、樵夫を案内役とした王世充の別働隊に本営を奇襲・放火され、前後から挟撃を受けて洛口倉へ敗走した。程知節も落ち延びて合流し、事の真相(李密に似せた偽者を立てての計略)が判明する。魏徴も王世充軍の奇襲で金墉が落ち、王娘娘と世子を逃がしたことを報告、続いて虎牢関の陥落も伝わった。

李密、唐への帰順を決意

李密は河陽に退くも、偃師・洛口も次々に失われ、進退窮まった。王伯当は南は黄河を守り、北は太行、東は黎陽の徐世勣と連携する策を献じるが、諸将は「もはや人心が離れ、支えきれない」と難色を示した。李密は自刃しようとするが王伯当に止められ、ついに「唐主のもとに帰参する」ことを決意、諸将も同意した。ただし程知節だけは、母が瓦崗にいる事情と、かつて秦王を老君堂で斬ろうとした負い目から同行を拒み、別れを告げた。

李密は王伯当ら二万の兵を率いて長安に入り、唐主に降った。唐主は李密を光禄卿・上柱国・邢国公に封じ、王伯当・賈潤甫・魏徴らにもそれぞれ官爵を与え、さらに表妹の独孤氏を李密の妻とするなど厚遇した。

評語

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