隋書卷七十 列傳第三十五 趙元淑
出自と栄達
- 博陵の人、父趙世模は高宝寧に仕えた後周に帰順した。趙元淑は疎放で家産を治めず貧しかったが、父の戦死により本官を襲爵。長安の富人宗連が娘婿に望み、財産を与えて娶らせ富裕になった。
- 煬帝の代、漢王諒の乱鎮圧に従軍し柱国・徳州刺史、潁川太守。租穀の督促を10日で成し遂げ司農卿に抜擢された。楊玄感と結び金宝を贈答する仲となり、遼東の役で光禄大夫・葛国公、臨渝鎮守。玄感の乱で弟玄縦が逃亡中に立ち寄った際、小妻魏氏を通じて通謀・贈賄した。玄感敗北後発覚し、帝の尋問に虚偽を通したが、大怒した帝により涿郡で妻とともに斬られ家は没収された。