前漢紀前漢孝平皇帝紀 其十二年 20年

  • 大いに時節の令に順うとして、春夏に人を都の市で斬った。
  • 二月壬申、月がちょうど黒くなった。
  • 七月、大風が玉露台を壊した。杜陵の便殿で、乗輿の虎文の衣が室内の匣に納めてあったのに、ひとりでに出て外の堂上に立ち、しばらくして地に崩れ落ちた。
  • 莽は万世の基を示そうとして、長安城の南に百頃の地を区画して九廟を起こした。黄帝・虞舜・陳胡王・斉敬王・済北閔王の五廟は毀たないとした。ほかに済南伯王・元城孺王・陽頃王・新都顕王の廟である。黄帝の廟は東西南北それぞれ四十丈、高さ十七丈余りで、他はそれぞれその半分とした。金銀で彫り飾って技巧を極め、費用は巨万に上り、死んだ人夫は万を数えた。
  • 鉅鹿の馬適求が燕の兵を挙げて莽を誅そうと図ったが、発覚して誅死した。
  • 南郡の張霸、江夏の羊収・王匡らが緑林・下江で兵を起こし、それぞれ一万余人。
  • 武功の中水郷で民家が沈んで池となった。