☰ メニュー
前漢紀
前漢孝成皇帝紀四 三年 前10年
春正月丙寅、蜀郡の岷山が崩れ、江水をせき止めて涸らし、三日逆流してからようやく通じた。
劉向はこれについて、岐山が崩れ三川が涸れて周の幽王は滅んだ、岐山は周の興った地である、蜀郡はもと漢が興った地であり、いま興起の地で山が崩れ水が涸れたからには、滅亡はほぼ避けられまい、と論じた。
二月、侍中衛尉の淳于長を定陵侯に封じた。
三月、雍に行幸し五畤を祠った。
← 前年
翌年 →