前漢紀前漢孝成皇帝紀一 即位 前33年
- 成帝は宣帝の在世中に生まれ、世適皇孫と呼ばれた。宣帝はこの孫を愛して自ら驁と名づけ、字を太孫とし、身近に置いた。三年後に宣帝は崩じた。
- 太子のころ、急な召しを受けたが馳道を横切らずに遠回りして参上した。元帝が遅参を咎めたところ事情を述べたので、元帝は喜び、以後は太子が馳道を横切ってよいとする令を定めた。太子が馳道を横断できるようになったのはこれが始まりである。
- 六月乙未、皇帝の位に即いた。
- 舅である侍中衛尉・平陽侯の王鳳を大司馬大将軍とし、尚書の事を領させた。
- 有司の上奏により、乗輿の犬馬や禽獣を陵に埋めるのは不適切であるとされ、認められた。
- 秋七月、孝元皇帝を渭陵に葬った。
- 冬十一月、天下に大赦した。