前漢紀前漢孝昭皇帝紀 二年 前85年
- 春正月、大将軍霍光と左将軍上官桀は、先に反乱者(侍中僕射の莽阿羅、重合侯馬通)を捕らえ斬った功により、それぞれ博陸侯・安陽侯に封じられた。
- 衛尉王莽の子の男忽が侍中として「帝の病中、自分は常に側にいた。三人を封じる遺詔などあるはずがない。子どもらが勝手に貴くなっただけだ」と言いふらした。霍光がこれを聞いて王莽を厳しく責めると、王莽は忽を毒殺した。
- 宗室で在位者の母がいる者から茂才を挙げ、劉辟彊・劉長楽をともに光禄大夫とし、辟彊は長楽衛尉を兼ねた。
- 三月、使者を遣わして貧民のうち種籾も食糧もない者に貸与した。
- 秋八月、詔して「近年は災害が多く、今年は蚕と麦が損なわれた」として、貸与した種籾・食糧の返済を免じ、今年の田租も出させないこととした。
- 冬、戦射に習熟した兵を発して朔方に赴かせ、元の官吏を調発して張掖郡の屯田を統率させた。