前漢紀前漢孝武皇帝紀五 元封三年 前108年

角抵戯と朝鮮の平定

  • 春、角抵の戯を催して外国からの朝献者をもてなした。三百余里の内の人はみな見物に集まった。
  • 夏、朝鮮が王の右渠を斬って降った。その地に楽浪・臨屯・玄菟・貞番の四郡を置いた。
  • 楊僕は損失が多かった罪で免ぜられて庶人となり、荀彘は功を争った罪で棄市となった。

済西王の暴虐

  • 秋七月、済西王の劉瑞が薨去した。劉瑞はしばしば法を犯し、担当官は誅殺を請うたが、武帝は忍びず、二度にわたって国を削って大半を取り上げるにとどめた。
  • 劉瑞は怨みごとを言い、南門を閉ざして一つの門だけから出入りした。宮室や府庫は壊れて雨漏りし、巨万に上る財物はすべて腐ったが、ついに手入れをしなかった。
  • 二千石の役人が法によって劉瑞を取り締まろうとすると、劉瑞はその者の罪を探して詰問し、罪のない者は毒殺した。殺し傷つけた二千石は非常に多かった。子がなかったので国を除いた。
  • 武都の互人が反乱したので、その一部を酒泉郡に移した。
  • 十二月、馬の頭ほどもある雹が降った。