前漢紀前漢孝武皇帝紀一 二年 前139年

  • 冬十月、丞相の竇嬰と太尉の田蚡がともに免ぜられ、御史大夫の趙綰と郎中令の王臧が獄に下されて死んだ。田蚡・竇嬰・趙綰・王臧はみな心を同じくして太学を興し明堂を建てて諸侯を朝せしめようとし、竇嬰は太皇太后に政事を奏上しないよう請い、さらに行いの悪い竇氏の子弟を退けて属籍から除いた。そのため日々誹謗が寄せられ、竇太后は怒って一同を罪に落とした。明堂はついに立たなかった。
  • 春二月丙戌朔、日食があった。
  • 三月己未、太常の許昌が丞相となった。
  • 夏四月戊申、日のような光の星が夜に現れた。
  • はじめて茂陵邑を置き、郡国の豪傑を茂陵に移した。

郭解

  • 河内の郭解が移住の対象に入った。衛将軍が、郭解の家は貧しいので移住には当たらないと取りなしたが、天子は「郭解は布衣の身で、将軍に口をきかせるほどの権力を持っている。これは貧しいとは言えない」と言った。郭解が移されるとき、諸公の贈り物は千余万に上った。
  • 郭解は任俠で、わずかな睨み合いがもとで塵の中に死んだ者は甚だ多く、亡命者を匿い、掠奪や姦事を働くこと数え切れなかった。しかし身を折って恭しく慎み、施しは厚く見返りは求めなかった。
  • 郭解が外出したとき、足を投げ出したまま無礼に眺める者がいた。郭解がその姓名を尋ねると、食客が殺そうとした。郭解は許さず、ひそかに吏に手を回してその男の徭役を免じてやった。男は肌脱ぎになって謝罪した。
  • 郭解の姉の子が人と争って理がないのに相手を殺され、殺した者が郭解に自首してきた。郭解は「我が甥に理がなかった。あなたが殺したのはもっともだ」と言って放した。諸公はこれを聞いてみな郭解を賢しとした。
  • 洛陽で仇同士の者があり、地元の賢豪が十数人で仲裁したがまとまらなかった。食客が郭解を仇家に会わせると、仇家は言うことを聞いた。郭解は夜に来て夜のうちに去り、仇家に言った。この郭解が他郡から来て邑中の人の面目を奪ってよいものか。しばらく待って、地元の士大夫が間に入ったときに承知したことにしてくれ、と。
  • 郭解の家では、夜半を過ぎても門前に十余乗の車が停まっていた。郭解に逆らう者があると、若者たちがすぐ仇を報じ、郭解には知らせなかった。
  • 郭解の兄の子が郭解のために人を殺し、殺された家の者が上書して訴えると、その者を闕下で殺した。天子は郭解を捕えようとし、郭解は逃げて臨晉の籍少翁のもとに立ち寄った。籍少翁はもともと郭解を知らなかったが、その名を慕って関の外へ送り出し、口を封じるために自殺した。郭解の人望はおおむねこのようなもので、豪傑は知る者も知らぬ者も、その名を聞いて争って交わりを結んだ。
  • のち郭解は捕えられたが、犯した事はみな赦の前のことであった。その後、郭解を誹謗する者があり、食客が殺してその舌を断った。郭解は本当に知らなかった。有司は郭解に罪なしと上奏した。当時、公孫弘が丞相で、郭解は布衣の身で睨み合いから人を殺した、知らなかったとしてもそれは知っていた場合よりなお悪い、と言った。ついに一族を誅した。

史論(荀悅曰)

  • 世に三遊があり、徳を損なう賊である。一に遊俠、二に遊説、三に遊行という。気勢を張り威福を作り、私交を結んで世に強者として立つ者を遊俠という。弁舌を飾り詐謀をめぐらし天下を駆けて時勢を握ろうとする者を遊説という。うわべだけ仁を装って時流に合わせ、党類を連ね虚名を立てて権利を得る者を遊行という。この三遊こそ乱の生ずるもとである。道を傷つけ徳を害し、法を破り世を惑わすもので、先王が慎んだところを失っている。
  • 国に四民があり、それぞれの業を修める。四民の業によらぬ者を姦民という。姦民が生じなければ王道は成る。およそこの三遊は末世に生じ、周・秦の末に特に甚だしかった。
  • 上が明らかでなく下が正しくなく、制度が立たず綱紀が緩む。毀誉を栄辱とするだけで真偽を検めず、愛憎を利害とするだけで実を論じず、喜怒を賞罰とするだけで理を察しない。上下は互いに欺き、万事は食い違う。だから議論する者は損得を計って言葉を吐き、人を挙げる者は親疎を測って筆を執る。善悪は衆人の声の中で誤られ、功罪は王法の中で乱れる。そうなれば利は義によって求められず、害は道によって避けられない。
  • そこで君子は礼を犯し小人は法を犯す。奔走し駆け回り、職を越え度を僭し、華を尊んで実を捨て、争って時の利に走る。父兄の尊さを軽んじて賓客の礼を重んじ、骨肉の恩を薄くして朋友の愛を篤くし、修身の道を忘れて衆人の誉れを求め、衣食の資を割いて饗宴の好みに供する。贈り物は門庭に満ち、走り回る交際が路上にあふれ、私信は公文より多く、私事は官務より多い。こうして流俗が成り、正道が壊れる。
  • 遊俠のもとは、武毅で撓まず、古い約束を忘れず平生の言を守り、危うきを見て命を投げ出して時難を救い同類を助けるところにある。これを正しく行う者を武毅という。その失われようが甚だしくなると盗賊となる。
  • 遊説のもとは、四方に使いして君命を辱めず、境を出て社稷を安んじ国家を利するとみれば専断で応対して結び目を解くところにある。言葉は連なり民は慕う。これを正しく行う者を弁智という。その失われようが甚だしくなると詐りで徒衆を欺くことになる。
  • 遊行のもとは、道徳仁義、広く愛して衆を容れ、文をもって友を会し、和して同ぜず、時に応じて徳を進め、その道を行うのを楽しんで世に功業を立てるところにある。これを正しく行う者を君子という。その失われようが甚だしくなると、事にかこつけて私を図り姦軌をなす。もととその果ての隔たりは甚だしい。悲しいことではないか。
  • ゆえに大道が行われれば三遊は廃れる。だから聖王が上にあれば国を経め民を序で、その制度を正す。善悪は公の罪に照らして定め、毀誉に流されない。言葉を聴いてその事跡を重んじ、名を挙げてその実を指す。実が声に応じないものを虚といい、情が外見を覆わないものを偽といい、毀誉が真を失うのを誣といい、言と事が種類を違えるのを罔という。虚偽の行いは設けられず、誣罔の言葉は行われない。罪悪ある者に僥倖はなく、罪過なき者は憂え懼れない。請託は行われず、賄賂は用をなさない。こうして民の志が定まる。
  • 民の志が定まったら、徳義をもって先導し好悪を示し、業を奉じ功を勧めて本務に力を用いさせる。無益の物を求めず、得難い貨を蓄えず、華美な飾りを絶ち、利欲の巧みを遏める。そうすれば流れやすい民が定まり、貪り汚れた俗が清まる。
  • 華やかな文を止め浮ついた辞を去り、偽りの弁を禁じ淫らな智を絶ち、百家の紛乱を退け、聖人の至道に一つにする。そうすれば虚誕の術は絶えて道徳が定まる。天地を尊んで瀆さず、鬼神を敬んで遠ざけ、小さな忌みを除き淫祀を去り、奇怪を絶って人事を正す。そうすれば妖しく偽りの言葉は塞がり、性命の理が得られる。
  • その後、百姓は上も下もみな本に返り、人々は自分の親を親しみ、尊ぶべきを尊び、身を修め業を守る。そこで仁恵をもって養い礼楽をもって飾れば、風俗が定まり大いなる教化が成る。