前漢紀前漢孝武皇帝紀一 建元元年 前140年
- 冬十月、詔して賢良方正を挙げさせた。丞相の衛綰が、挙げられた賢良の中に刑名や縦横の術を修めて国政を乱す者がいると上奏し、これを退けた。
- 春三月、天下に赦を行い、民に爵一級を賜った。八十歳以上の民は二算を免じ、九十歳以上は甲卒を免じた。三銖銭を行った。
- 夏四月、詔して九十歳以上の民の子または孫の徭役を免じ、扶養に当たらせた。
- 五月、詔して山川の祀を修めた。
- 六月、丞相の衛綰が免ぜられた。丙寅、魏其侯の竇嬰が丞相、武安侯の田蚡が太尉となった。
- 秋七月、詔して衛士の卒一万人を減らし、苑の馬を放って貧民に賜った。
- 使者に安車蒲輪を与え、束帛に璧を添えて魯の申公を招き、明堂を立てることを議した。申公は八十余歳であった。天子が政事を問うと、「政治を行う者は多言に走らず、ただどれだけ実行するかが問題です」と答えた。太中大夫に任じられた。
- 漢が興ってからは草創期で簡素を尚び、まだ儒者をさほど用いず、竇太后が黄老の術を好んだので、諸博士は員数を満たして問いに応じるだけで、登用される者はなかった。天子が即位して、ようやく太学が興された。