- 冬、匈奴の三万騎が上郡に、三万騎が雲中に侵入した。車騎将軍の李勉を飛狐口に、将軍の蘇隱を勾注に、将軍の張武を北地に屯させた。周勃の子の亞夫を将軍として細柳に、将軍の劉禮を覇上に、将軍の徐厲を棘門に置いて胡に備えた。単于は遠く退いた。
細柳の軍
- 天子が自ら軍を労いに出て覇上と棘門に至ると、そのまま馬を走らせて陣中に入ることができ、大将以下が騎で出迎え送り、拝謁した。
- ところが細柳の軍に至ると、軍吏は甲を着て武器を執り、弓弩を引き絞っていた。天子の先駆が「天子が来られる」と告げても、軍尉は「軍中では将軍の令を聞くのみで天子の詔は聞かぬ」と答えた。まもなく天子が到着したが入れない。使者に節を持たせて将軍亞夫を呼び、軍を労いに入りたいと伝えると、亞夫は命じて壁門を開かせた。門尉は車騎に「将軍の令で軍中は馬を走らせてはならぬ」と告げたので、天子は手綱を押さえて徐々に進んだ。
- 中営に至ると、将軍亞夫は武器を持ったまま揖して、甲冑の士は拝礼せぬ、軍礼をもって見えたいと言った。天子は容を改めて車の軾に手をかけ、人を遣わして「皇帝、敬んで将軍を労う」と詔を伝えさせ、礼を成して去った。
- 軍門を出ると群臣は驚いた。天子は「ああ、これこそ真の将軍だ。覇上と棘門は子供の遊びのようなものだ」と言った。一月余りで三軍はみな解かれ、亞夫は中尉に任じられた。天子は太子を戒めて、緩急のことがあれば周亞夫を将軍に任せてよいと告げた。
- 夏、大旱と蝗害があった。諸侯に貢を納めさせず、山沢を開放し、服御を減らし、郎吏の定員を減らし、倉庫を開いて貧民を賑わし、爵を買うことを許した。